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「あまりにも深い想いは、なにをしたって、無駄なのさ。認めずに抵抗し続けるのは生き地獄だ。今の、いや、今までの、鹿谷くんのようにね。だけど、認めて受け入れるのもまた、生き地獄」
水落の唇から、噛み殺すような吐息が漏れる。空汰の方は、見ない。
「正直、君には腹が立ってるよ」
そう言う水落の声音は、言葉とは裏腹に、どこか軽くて淡々としていた。けれど、空汰の方はやはり見ない。
「君は、俺よりは勝率が高いだろうに」
ひゅっと、空汰の喉が鳴る。目を伏せる。そんなことはない、と思う。思うけれど、そう伝える言葉が見つからない。水落は、あまりにも重たい過去を、そしてこれからの未来をも、背負って立っているのだ。結婚という枷を手に、愛する人の隣で。
「ごめん」
と、ふと、水落がぽつりと言う。はっとして目を上げると、こちらを向いている水落と目が合う。その表情は、どこまでも切ない、そして真摯な色を宿していた。
「ごめん、比べることじゃないな。大人げない。ごめんね」
ゆるゆると空汰は首を横に振った。ただ、やっぱり言葉は出てはこなかった。そんな空汰に、水落は優しく笑う。それは今まで空汰が見たどの水落の笑顔よりも爽やかで、綺麗で、そして、悲しかった。
それから、水落はすっと目を細める。そして、囁くように言う。
「どう、話す気になった?」
空汰はすいと目を泳がせる。目を伏せる。眉根を寄せる。唇をそっと、震わせる。それからようやっと、口を開いた。
「……俺は、高校生のときに先生が好きになりました。先生を追いかけるために、東京に来たんです。レンには反対されました。でも、それを押し切るように田舎を出てきました」
水落はなにも言わない。ただじっと、空汰の話に耳を傾けている。
「なのに、東京に来て、レンから離れて、なんだか、妙な違和感があったんです。これが正しかったのか、俺は、わからなくなった。俺は、東京に来たのに、結局先生を探さなかった。心がざわざわして、もし先生に会えたら、俺はどうなっちゃうんだろうって……わからなく、なった」
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