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空汰はつと、先ほどグラスを置いたテーブルに目をやる。そこにはタバコが置いてある。そのタバコを見やりながら、空汰は続ける。
「探さない代わりに、タバコを買いました。レンがいつも吸ってたやつです」
「Koiくんの」
空汰が話し出して初めて、水落が口を開く。そんな水落に、空汰は「はい」と小さく頷く。
「コンビニで見かけて、少しだけ、心の中のもやもやしたものが晴れた気がしたんです。俺は、縋るように、そのタバコを買いました」
空汰はそう言うと、ぐっと喉を締める。タバコからは目をそらした。まるで、レンから逃げるかのように。眉間に皺を寄せて、空汰は天井を睨む。
「一度だけ、先生は俺にチャンスをくれました」
「チャンス」
水落が繰り返す。
「チャンスっていう言い方が正しいのかはわからないけど……俺は、高校生の頃に、先生に好きだって伝えたんです。先生が東京に帰る前日です。そのとき、先生は俺に聞きました。最後の思い出がほしいかって」
空汰は少しだけ首を傾けて、水落の方を見る。目と目が合う。ふいに目頭が熱くなった。唇が震える。それでも、空汰は言葉を次ぐ。
「最後、って、そう言ったんです。それに、俺は頷きました。最後って言われたのをちゃんとわかってて、頷きました」
すん、と鼻が鳴る。ぼろり、と目から涙が零れ落ちる。水落の方へと顔を傾けていたから、重力に従って、涙はシーツへと零れ落ちていく。それでも、空汰は口を開く。
「先生は笑いました。諦めたみたいな、悲しそうな笑い方でした」
空汰は唇にへたくそな笑みを浮かべた。顔の筋肉が引き攣って、きっと、自分は今変な顔をしているのだろうなと思う。けれど、どんな顔をすればいいのか、わからなかった。だから、笑うしかなかった。ずず、と鼻をすする。溢れ出る涙をそのままに、空汰は、笑った。
「……あとは同じです。さっきと、一緒。先生は俺に思い出をくれようとした。でも、俺は泣きました。そして先生は俺から離れていった」
そこまで言うと、空汰は天井へと顔を戻し、顔に両手を当てる。顔はぐしゃぐしゃに濡れそぼっていて、冷たい。
「……俺じゃないだろって、そう言われました。水落さんと、一緒です。でも、あのときの俺は、全然、意味がわからなかった」
(でも、今なら、)
心の中で、空汰は呟く。また新しい涙が溢れてきて、空汰の顔を濡らす。
「今なら、わかる?」
優しい水落の声がする。
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