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母が亡くなる前までは、誕生日もそれなりに楽しみなイベントではあった。
けれど母を亡くしてからはそれもなくなった。
母の他界をきっかけに、俺を引き取ってくれた祖父母の泰正と葵は毎年成長を喜んでくれたが、「誕生日のお祝いをしよう」とは言わなかった。二人なりに、母に対する俺の気持ちを汲んでくれたのだろう。
そんな状態のまま10年の歳月が流れ、明日は11年目の誕生日を迎えるわけだ。
(さすがに付き合ってんのに俺的にはめでたくないから祝うなとか……言えねぇだろ)
月冴から「誕生日に欲しい物はないか?」という質問をされたのは、なんと二ヶ月以上も前のことだった。付き合って初めて二人で迎える記念日が恋人の誕生日──張り切るなと言う方が無理な話なのだ。
休むこと自体、前もって月冴には話しておいたし、当日が駄目なら前日か次の日かと考えるのは、ある意味自然な流れだろう。
(逆の立場なら俺だって張り切るわ……クソッ……健気っつーかなんつーか……可愛いよなぁ)
笑顔の月冴が脳裏に浮かんでは消えていく。
ぱっちりとした大きな目が数回瞬いたかと思えば、にっこりと微笑みかけてくる。かわいい……可愛すぎる。そんな可愛い恋人からの質問に、明確な答えを返すことができず「月冴からの気持ちならなんでも嬉しい」と、気取った返事をしたのはここだけの話だ。
彼を一番最初にこの家に招いた時、話の流れで母親が他界していること、それが自身の誕生日であったことは話している。
ただ、それ以上のことは話していない。誕生日に対して自分がどのような想いを抱いているとか、そういった類のことは──なにも。
母が亡くなったのは産後に罹った重い病のせいで、決して自分のせいなどではない。なにも気に病む必要などないと、わかっているのだが。
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