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(俺だけが幸せで──そんなことが赦されていいのか?)
もともと身体が強くなかったらしいから、普段からやりたいことを我慢して過ごしていたに違いない。そんな病弱な母は二十歳で俺を産んだ。そこから死ぬまでの余生を病院で過ごした。そんな中で俺と共に過ごした時間はたったの五年間だった。女性としても母としても花の盛りはこれからという時に彼女は死んだのだ。
やり残したことの方が多いだろう──それでも、精一杯、俺にとっての良き母であろうとしてくれた。そう思うと、俺が彼女の健康を奪ってしまったようでやるせなくなるのだ。
(はー……我ながら病み過ぎだ。出産による身体への負荷と元々の虚弱体質は関係ないって、医者からもじーさんからも散々説明されたってのに。いつまで引き摺ってんだか)
それも10年も前のことを。
思い出の中の母はいつも笑顔だった。
少なくとも、俺といる時に苦しそうな顔や素振りを見せたことは一度もなかった。常に気丈に振る舞い、笑顔を絶やさなかった母──墓参りに行く度に面影に問うのだ──「貴女は……貴女の人生は、幸せだったのですか?」と。
「あーなー……やーめっ! 辛気くさっ! 我ながら辛気臭ぇだろ、辛気臭すぎてキノコ生えるわ」
声に出すと幾分かスッキリした。これから月冴と会うのに辛気臭くなってどうするというのか。思い悩む癖がなかなか抜けないのも考えものだ。
スマホを握りしめたまま仰向けにひっくり返る。ベッドマットレスのスプリングが歪な音を立てて、身体が沈み込んだ。
「早く連絡来ねぇかな……」
自分の幸せは赦されたものなのか──そんな風に思いながらも、月冴に肯定してもらいたがる自分がいる。
彼なら「尚斗が生きていることに意味があるんだ」──そう言ってくれる気がして。
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