「プレイボール!」

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「では再開します、プレイッ!」 「タイム」 「ターイム!守備側のタイムは3回までです」  横断歩道の向こう側にいる少年が、この試合で初めてタイムをとった。遠いからよくは見えないが、緊張しているような、憔悴しているような表情に見える。脇に置いてる大きな野球バッグからタオルを取り出し、どっぷりと汗をかいた顔をゴシゴシと拭いている。  そうだよな、いくら強豪校とはいえキミも人間だ、そしてまだ俺より全然ガキな少年だもんな。ゆっくり時間をかけて落ち着かせるといいさ。俺はもう、お前を倒す覚悟は決まってんだから。 「では再開します、プレイッ!」 再開のコールがされても少年はしばらく時間をとり、今までで1番大きく振りかぶった。それに合わせて、俺も今までより少し大きめに左足をあげた。  少年の6球目、やはり速球か、そうこなくっちゃ。俺の覚悟は決まったよ、少年。フォアボールなんてセコいことを考えるのはやめた。お前の球を打ち返して、正々堂々と勝ってやる、そして俺は明日、ヒーローになるんだ。  俺の体は、自分のものとは思えないほどスムーズにバットを振り抜いていた。バットがボールに当たった感触もあまり無い。しかし、ボールは少年の頭上を大きく超えて、少年の後ろに建っているビルの窓ガラスを割っていた。悪いね、少年。何はともあれ、これで明日はヒーローになれることが確定したんだ、仕事終わりに飲みに行っちゃうのもありだな。 「これで俺の勝ちだよな、アンパイア」 なぜか勝ち誇った顔で振り返ってアンパイアに尋ねてみる。 「はい、おめでとうございます。今回のゲームはバッターの勝利となりました、明日の試合は大活躍が保証されました」 大活躍かぁ、久しく自分には馴染みが無かった言葉に感じるなぁ。まぁ強豪校の現役ピッチャーに打ち勝ったんだ。たまには良い思いさせてもらってもいいか。 と思いながら少年に目をやると、彼は膝と掌を地面につけて、涙を流しながら顔だけ上げてこちらを見ている。おいおい、ちょっと大袈裟すぎるだろう、たかがこんな突拍子もないゲームで……。 いや、そうか、もしかしたら俺は、彼の輝かしくなるはずだった野球人生を奪ってしまったのかもしれない。 俺なんかが明日の試合で活躍したいって願うんだ。なら彼は、強豪校の野球部員は何を願う。もっと大きな舞台での活躍を願ったんじゃないか…。 『負けた方の願いは絶対に達成されることはありません。』 俺の質問に答えたアンパイアの声を思い出す。
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