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いつの間にか、暖かく心地よい日向に立っている。
乾いた身体に不快感は無い。自由を取り戻した足を動かし辺りを見回した。
一面緑の草原が果てしなく広がるばかりで、他には何も見当たらない。
ぼんやりと俯いた先、鮮やかな緑色と一緒に柔らかな白い布が揺れるのを見て、ぱっと気持ちが華やいだ。
「綺麗……だけど、おかしいな」
純白のドレスに、光を纏ったように輝くガラスのハイヒール。
「こんな高そうなドレス、持ってな……いや、そうじゃなくって」
場所だけではなく自分の身なりも変わっている。
視界の中に靴が増えた。見上げると数歩先に、いつも通りの彼女が立っていた。
落ち着いた様子で、とくに何か言うわけでもなくこちらを見ている。
「さっきは随分慌ててたね。どうしたの?」
恵輔の黒髪とは対照的な明るい銀髪は、日の光が当たり透明感を増している。宝石のように複雑な色合いの美しさに、恵輔は少し憧れている。
彼女は黙ったまま近づいてくると、先程ほんの一瞬掠めたその手を恵輔の腰に添えた。残った左手で、恵輔の右手を取る。
「……えっと、なにしてるの?」
繋いだ手が気恥ずかしい。恵輔の手を細い指で優しく掴む彼女が、薄く口を開いた。
「一曲、踊っていただけますか」
感情を表に出さない彼女の表情は見慣れたものだ。変わった行動も珍しくはない。それでも随分と雰囲気が違って見えるのは、肌の露出が目立つせいだろう。
タイトなベストとショートパンツ。へそ出しは寒そうだが毛足の長いファーマフラーは暖かそうだ。そんな服装は彼女らしくないはずなのに、不思議としっくりくる。
戸惑う恵輔を促すように、ムードのあるクラシック音楽の演奏が始まった。
緩やかなメロディに合わせ、彼女は恵輔をエスコートする。
揺れるように踊る二人を遠巻きに見守るのは、ウサギとリスとブタ、シカ、フクロウ、タヌキ……見る間に増え、随分と賑やかになった。
彼女の肩に置いた手にファーが触れてくすぐったい。
揺れる度にチリンチリンと音がする。マフラーからぶら下がった球体の物、あれは鈴だろうか。なぜか一瞬、不安な気持ちに襲われた。
単純なステップでゆっくりとターンするだけで、足に痛みを感じる。
形だけは綺麗に整えられたガラスの靴は硬く、とても履き心地が良いとは言えない。
(この靴やだな……可愛いけど、背が高くなる)
すぐ目の前で、彼女のぱっちりとした目が瞬いた。なにかがおかしい。
恵輔は、彼女の足元へ視線を落とした。
シンプルなショートブーツは、大してヒールが高いようには見えない。
心地の良さは違和感に侵食されていく。
「なんで、君と踊ってるのかな」
「あなたが望んでいるからでしょう」
「俺が? そうか、夢だから……だとしても変だよ。普通は俺がリードするものなんじゃないの?」
「なぜですか。私がリードするのが自然です。あなた、初心者でしょう。それに」
足を止めそっぽを向き「可愛いほうが、お姫様です」と続けた。願望だとしても恥ずかしい褒め言葉だ。
目を合わせない彼女が照れているという可能性は、どうやら低そうだ。
彼女は、大きな全身鏡に映る二人の姿を見ている。
開放的な服装と上品なドレスは、全く調和できていないペアだ。
ドレスを着ているほうは自分。それが分かっていても、恵輔は驚いた。
その姿が彼女の言葉通り、見事にお姫様だからだ。
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