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第三話
先ほどから複数の何者かがTを取り巻くように付いてきている。
おおかた、未接触部族であろうと見当をつけていた。
そのくらい奥地に入り込んでいた。
未接触部族、その中でも危険と言われる人食い人種であろうと一向に構わなかった。
連中の持っている武器はおそらく吹き矢だ。
Tの体は皮膚を硬化させれば大砲の弾でも穴を空けるのは不可能。
吹き矢などものの数ではない。
だが敢えてそんなことはしない。
勝手に刺させてやる。どうせ効かないのだ。毒矢が効かないとなれば連中は恐れ戦きとっとと消えて失せるであろう。槍を投げてくるかもしれないが、槍が刺さったら刺さったでそのまま歩き続ければそれこそ連中はパニック状態となり一目散に逃げ帰るであろう。それとは別に連中の一匹を捕まえ、村まで案内させ、久々に女を味わおうかとも思ったが、その容貌を想像するにそこまですることもあるまいとの即決に至った。
幽かな空気を吹き出す音とともに首筋に何かが刺さった。
言うまでもなくそれは吹き矢であった。
攻撃してきたか……ま、どうでもいいわ……あれ?
驚くべきことが起きた。
意識は、ある。
だが、体の動きが、止まった。
その場に崩れ落ちた。指一本動かせず、顔は地面を舐めている。
四方からそろりそろりと十八人の男たちが現れた。
誰も一言も発しない。
吹き矢を構えた者がいる。
弓をつがえる者の背には矢の入った細長い筒がある。
槍を構えた者もいる。
全員が腰紐に股間の部分だけ布を縦に巻いた格好で、おかっぱのような黒髪、全身に何かの赤い塗料をつけていた。
両目の周りをこれまたゴーグルのように黒く塗っており、その他、顔、腕、胴体に黒で棒状の模様が描いてあった。
男たちはTを担ぐとたちまち森の奥に消えていった。
俺の知らない未知の成分が、あった──
男たちに担がれ何処かへ運ばれながらTは思っていた。
だが特段緊張も焦燥もなかった。
Tは自身のうちに流れる超人エキスを信じていた。
一度はダムダム弾で頭部を木っ端微塵に粉砕された。自分でも知らないうちに頭部は元通り修復していた。今は体の自由が利かぬ。だが必ずこの未知の成分を超人エキスは克服する。数時間もあれば動けるようになる。
一時間近くかかって一行は森の中の開けた場所に出た。
赤土が剥き出しになった土地であった。
いびつな楕円形になっており四〇〇平方メートルくらいの広さだ。
あちこちに掘っ立て小屋が建っている。
成人の男たちの他に年寄り、女、子どもがいる。
全員Tを捕らえた男たちと同じ風体で、女たちは乳の上に襷のように布を巻いていた。
ほぼTの想像した通りの容貌の女たちであった。
一族の数は全部で百人。ここは未接触部族の中でも他部族と見るや容赦なく襲い喰らう食人族の集落であった。
帰還した十八人の中のリーダー格らしき一人が何か叫ぶと、一斉に住民が集まってきて彼らを囲んだ。
その囲みを割って二人の異形の者が現れた。
一人は大柄なスキンヘッドの中年の男で、他の者らと違い体に赤い塗料はつけておらず真っ黒な地肌に動物の小骨で作ったらしき首飾りをし、ただし顔には黄色い塗料がついていて、やはり目の周りだけは黒く塗ってあり、二本の湾曲した何かの動物の骨の先端が病人の付ける鼻チューブのようにそれぞれの鼻の穴に刺さっており、刺さってないほうの先端はそれぞれの鼻の穴と同じ側の耳に縛り付けてあった。
一見するとこの男が長のようだが違った。
もう一人の異形の中年女がそれであった。
この女だけ全身が黄色く塗られており、灰色の長髪を後ろに流し、その上に茣蓙のような布を被り、赤いねじり鉢巻きをし、やはり鼻の穴と耳を左右二本ずつ計四本の動物の小骨で作った数珠状のもので繋ぎ、それに加えて両耳にこれも骨で作ったらしき二連の輪っかの先に牙のぶら下がった装飾物を付けていた。
他の女たちと違い襷状に乳に布を巻いておらず、ドレッドヘアを束ねたような輪状の布を動物の小骨で作った首飾りと一緒に首から掛けていた。
白内障なのか皆と同じく黒く縁取った女の片目は碁石のように真っ白であった。
その顔を見て、アウンサンスーチーか江波杏子に似ていると、Tは思った。
女長は引き出されたTを指さし、低い濁声ではあったが厳かな調子で何かを口走った。
一族に食事の支度を命じたのであった。
にわかに騒がしくなった。
Tは集落の真ん中に設置されている高さ三十センチ、幅一メートル、長さ二メートルほどの石の台に仰向けに横たえられ押さえつけられた。
その台座のTの頭が置かれた位置、ちょうどTの口が来る辺りに直径十センチほどの深い穴が穿たれていた。
なにを──と思う間もなかった。
いきなりTの口に直径八センチほどの鋭利に先の尖った竹が突き刺された。
竹はTの頭部を突き抜け台座の穴奥深くに当たり止まった。
Tは痛覚を遮断できる。
だがこの場合完全に体が麻痺していて神経をコントロール出来ない状態であった。
にもかかわらず痛みは感じなかった。
おそらく吹き矢の毒による麻酔効果であろう。
一体いかなる成分が矢尻に塗られていたのか、改めて考えたところでTにわかるはずもなかった。
地球上に超人となった自分の動きをここまで封じる成分があるなどとは思いもしなかったTであった。
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