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第四話
食人族はTの口に竹を突き刺したあと、左側の頸動脈を切り、噴き出す血を木製のボウルのようなもので器用に受けていた。
あらかた血を抜き取ってから解体を始め、解体したTの肉や内臓を細かく刻んで全員に配っていく。
これで俺は二度殺されたことになる──血を抜かれ首から下の皮を剥がされ肉を切り取られ、内臓も次々と取り出されていく中でTはそう思った。
頭部は食べないのか、食べるにしても最後のようであった。
頭を割られ脳味噌を食われたら考えることは出来るのだろうかと、Tはぼんやり考えていた。
食人族は首から下がほぼ骨だけになったTから離れた場所で全員が輪になって座っていた。
それぞれにTの肉と内臓を刻んだものが行き渡っていた。
並々と血の溜まったボウルを女長が頭上に掲げ、何ごとか叫んだ。
乾杯とでも言ったのであろう。
ゴクゴクと音たてて女長が血を飲んだ。
それと同じくして一族が分け与えられた血の滴る肉片をむしゃむしゃ食いだした。
女長は五〇〇ミリリットルほど血を飲むと隣のナンバー2のスキンヘッド男の前にボウルを置いた。
肉片を食い終えたスキンヘッドがボウルを持ち上げ女長と同じように同じだけの血を飲み、隣の男に渡す。
スキンヘッドの次からは一口だけ飲んで、次に渡していく。
全員が飲めるようにとの配慮であった。
綠の地獄の中で肩寄せ合って生きてきた食人族ならではの同胞愛に溢れた習わしであった。
女長、スキンヘッドは満足げな笑みを浮かべ、血を回し飲む一族を眺めている。
異変はすぐに起きた。
血を飲んだだけの女長は何ともなかった。
肉と内臓を刻んだものを食った者たちは間もなく苦しみだした。
血のボウルのリレーは四人までしか続かなかった。
五人目の男がボウルを叩き落とした。
故意にではなくにわかにもがき苦しみだしたせいであった。
百人のうち内臓を食った者は四十一人であった。
その者らは苦しみ出すと一分も経たないうちに死んだ。
今や人間蠱毒となったTの内臓は地球上で最強の猛毒の塊だった。
スキンヘッドが食ったのは心臓の一部だったが、地獄の苦しみを味わいながらも生きていた。
Tの血を五〇〇ミリリットルほど飲んだお蔭だった。
スキンヘッドの次とその次に血を飲んだ二人も内臓を食っていた。
ほんの一口飲んだだけの二人には血の効果はなかった。
内臓でなく肉を食った五十九人は死にはしないが同じく死ぬ寸前のように苦しんでいた。
その者らは何かに導かれるように石の台に横たわる首から下が骨になったTの元へ這っていく。
まるでロイコクロリディウムに寄生されたカタツムリのように。
最初にTの残骸に辿り着いた者が石の台の上に自分が食った肉片を吐き出すとゴロゴロと転がるように離れ、気絶した。
あとに続く者らが次々と最初の者と同じ行動をした。
五十九人分の吐瀉物がTの残骸の上に山積みになった。
見よ──それらの肉片はスライムのように動き始めた。
見る見るうちにTの骨格はそれら動く肉片で覆われていった。
Tの肉体が元通りに再生されていく。
血管や内臓が形成されていく。
最後に吐瀉物を台座にぶち撒けた者が転がり離れて気絶してから三十分が経つ頃、ゲロまみれながらもギリシャ彫刻のように美しいTの肉体は復元した。
Tは両手の指先に力を入れた。動く。
Tは口から突き出ている竹を左手で掴むと無造作に引き抜きざま暗闇に向けて放った。
両足を伸ばしたまま揃えて持ち上げるや台座の上に逆立ち、無反動でそのままロケットのように空中に飛び出すと音もなく台座の傍らに着地した。
気絶している者たちには目もくれず、内臓を食って死んだ者たちに歩いて近づいた。
死んだと思ったそいつらは仮死状態だが生きていた。
Tの血のお蔭だった。
たとえわずかな量でもTの血を摂取した者には猛毒の耐性があったのだ。
順番にそいつらの腹を手刀で断ち割り、それぞれの胃袋から内臓の破片を掴み取るや口中に放り込んでいく。
全員の分を食い終わると集落に連れ込まれる前に見た近くを流れる川まで行き体を洗った。
汚れを洗い落とすとそのまま川底に身を横たえて寝た。
そこは水深一メートルほどだった。
特に呼吸は意識しなかった。
自分は水中で何日でも息を止めていられるのか、自分の体が水陸両用で自動的にエラ呼吸に切り替わっているのか、それ以外の仕組みがあるのか、Tにはどうでもよいことだった。
翌朝八時頃であろうか、すっかり日が昇ってからTは川から身を起こした。
全裸のまま食人族の集落に戻った。
スキンヘッドの男も食った肉を吐き出して気絶した者も腹を断ち割られて内臓を取り出された者も全員生きていて地面に横たわっていた。
腹を断ち割られた者たちの傷口は癒着してふさがっていた。
全員生きてはいるが身動きはままならないようであった。
女長の姿は見えなかった。
スキンヘッドがTの姿に気付くや寝ていた状態から身体機能的にあり得ない跳躍を見せた──まるで見えない巨人に思いきり蹴り上げられたように。
二十メートルほど後方に着地したとき自身の跳躍力に信じられないといった表情になるもすぐさま反転し背後の森へ残像が残るほどの速さで消えていった。
「ほう……」
Tは感心するようにその姿を見送った。
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