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これはぐうの音もでなかった。
たしかに恵介は妻の尻に敷かれている。
夫婦げんかの勝率はわずか二%、これでは太平洋戦争で米軍と戦った旧日本軍より旗色が悪い。
それだけではない。まだ景子を使うのには弊害が存在する。
義父の源葉斎からは、「もう、孫を巻き込むな!」と、戒められているのだ。
この禁を破れば家庭崩壊、父として、夫としての権威は没落、恵介の未来は限りなく暗くなる。
だが、その源葉斎は町内会の温泉旅行で留守だ。
景子の力を借りるのは今しかなかった。
*
このように頓田は豪語していたという。
「わしが昔、開発した薬品テツマジンで、隊員を期間限定で超能力者にすればいい」
「テツマジン?」
漢字を当てはめれば《鉄魔人》とも読める。その禍々しい薬品名に官僚は眉をひそめた。
「期間限定ねえ?」
そんな相手の反応を無視して、頓田はこのように説明した。
「わしはある超能力者の能力を他人に移し替えることに成功していてね、これを使えば被験者は念力が使えるようになる」
「なんだって!」
「簡単に解説してあげよう。テツマジンは飲み薬だ」
「え? 注射するタイプじゃないのか?」
「血管に直接、注入しても意味がないんだよ」
「ほう」
「なぜなら、体内の腸の部分は第二の頭脳と呼ばれていてね、この器官は直接脳に繋がっており、指令を受け取るだけではなく、八〇%から九〇%の情報を脳に送るなど、それ自体が独立している。最近じゃ腸内細菌が《うつ病》の治療に効果があると研究されているくらいだ」
「それで?」
「わしは優れた人間の特徴を他の人間の頭脳に腸を通してコピーできないかと考えた。たとえば非常にIQが高い人の思考パターンを薬剤的にコピーして、脳に学習させるんだ。そうすれば大量の天才を生み出すことができる! 超能力者もまたしかりだ!」
「そ、そんなことができるのか?」超能力者を確保できるという現実が、官僚を不吉な予感というものから意識を離れさせた。
この相手の喰いつきに、頓田はたたみかけた。
「できる! 人間の思考というのはいわば化学反応の繰り返しだ。だからある化学物質を投薬すれば、腸が反応して脳を鍛えたり、作り替えることができるわけだ。ただし!」
「なんだね?」
「その期間は短い。なんせ腸内の細菌は外部からの化学物質を猛烈なスピードで分解してしまうからね、せいぜい三時間が限度だ」
「三時間だけの超能力者か」
「いいかね、わしを牢獄から出してほしい。そうすれば調合してあげようじゃないか」
「そ、そんな危険なのことが!」
相手はひも状に変形ができる怪人だ。
厳重な施設でなければ脱走してしまう。
「なぁに、離れ小島にある施設にでも引っ越しさせてくれればいいんだ。もう、うんざりなんだよ牢獄で暮らすのは、ここじゃ景色も眺められない。緑もない。他人との会話もない。たまに聴くのは牧師の説教だけで、好きなクラッシックも聴けないんだからね」
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