しのぶれど

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しのぶれど

「お母さん、百人一首て面白いの」  夕食を食べ、ソファに座っていた母に問いかけた。  父は風呂に、弟は自室におり、居間には祖母と母と僕の3人しかいなかった。 「え? どうしたの急に」  母は不思議がっていた。 「いや、なんとなく……授業で先生が話してて」 「ふーん。ちょっとまってて」  そう言うと母は部屋を出て階段を登る音が聞こえた。 「はいこれ」  しばらくして戻ってきた母から渡されたのは、和歌集だった。 「ここに色々載ってるから」  そう言われ渡された本を片手に自室に向かった。  勉強机に向かい、本を開いたが、すぐに頭が痛くなった。  古語や、その解説など、それだけで頭が痛くなった。  しかし、この本に載っている歌を知れば、彼女と距離を縮められるんじゃないかと思い、読み進めた。  休み時間も読み続けてた。 そして思った。昔の人はロマンチストだと。 こんな現代語訳を見たら、むず痒くなるような言葉の数々を歌にして残したのだから。 そして同時に羨ましくなった。 自分の想いをこうして残すことができたことを。 放課後、昨日と同じく僕はベンチに座り、電車を見送っていた。そしてその隣には、泉水が座っていた。 二人の間に会話はなかった。 ただ時間が流れていくなかで、僕は確信した。 僕は彼女、泉水のことが好きだ。  もうこの気持ちを抑えることが出来ない。 初めてその姿を見たときから、泉水に夢中になっていたのだ。  ほんの少し前まで、アニメやドラマなんかで出てくる一目惚れなど、ありえないと思っていた。  僕だって誰かを好きになることはあった。  幼稚園の時は先生と結婚したいと思ってたし、小学生の時や中学生の時だって、誰かを好きになることはあった。  でもそれはみんな、その子と話したり、行事なんかで、一緒に何かをしていたからだ。    本当に、ただ姿を見るだけで人を好きになるなんてこと、ありえないと思っていた。  でも、僕はあの日、2人きりのホームで泉水を見たその瞬間から、泉水に恋をしていた。 こうして泉水がそばにいるだけで、胸が高鳴り、顔が紅潮していくのがわかった。  人と繋がることを諦め、拒んでいた僕だが、どうしても泉水と繋がりたい。  その気持ちが抑えられなくなっていた。
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