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「はー好かれすぎて困っちゃう」
ひとけのない理科室は、廊下も誰も通らないため梨香子の声もよく響く。机に座って脚をぶらぶらと揺らす梨香子に、凛奈は呆れとやっかみを混じえて、
「それ嫌味?」
と刺々しく言った。
「嫌味じゃないよーわたしがモテるのは事実だもん」
「そうだね、私の好きな人に好かれてるのもね」
「竜平もモテ男よね。私、一回竜平に告白されてみたいな」
あまりに能天気で、無神経な発言だったけれど、凛奈が梨香子の配慮のない言葉を聞くのは初めてではない。もはや羨む気持ちは薄れて、彼女はこの親友に呆れるより他なかった。
梨香子は依然脚を揺らしたまま、両手を胸の前で組む。
「いつか白馬の王子様が、わたしに最高の告白をしてくれる……!」
「演技くさい」
「もう、冷たいなー凛奈は」
とか言いつつも、こんなふうに夢見る乙女らしく振る舞っていても、本当は梨香子が夢見るだけの少女ではないことを凛奈は知っている。人に好かれる努力をして、素敵な女の子を作って、それでもまだ本命の男の子は彼女に落ちていないらしい。
こんなにかわいくて、こんなに頑張り屋の彼女なのに。
「……もし梨香子に王子様が来なかったらさ、私が白馬に乗って迎えに行くよ」
凛奈がぽつりと呟くと、梨香子は目を丸くして、それからへにゃりと顔を崩して声を出して笑った。どことなく寂しげな笑い方だった。
「ありがとうね。でも、凛奈はちゃんとお姫様で、凛奈のもとに白馬の王子様はまっすぐ走ってくるからさ。凛奈は、そのまま待っていたらいいよ」
「……そう?」
「そうだよ」
きっぱりと真面目に言い切る。気恥ずかしくなってきて、凛奈は俯いた。梨香子のように素敵な女の子にこんなことを言われたから、本気にとってしまいそうで、そんなことないはずだと分かっているのに心臓はつい高鳴ってしまう。
凛奈の気持ちは、今はまだ竜平にしか向いていないけれど、もしかしたら彼より素敵な王子様が……と考えつつ、凛奈の思い描く王子様はやっぱり竜平の顔をしていた。
俯いて頬を染めた凛奈はそんなことを考えていたから、彼女の様子をじっと見た親友が悲しい目で彼女をみていることに気づけなかった。
「2番目に好きな人と結婚した方が、うまくいくって言うから……王子様なんて」
梨香子は、幸せそうな親友からふいと目を逸らさすのだった。
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