5人が本棚に入れています
本棚に追加
新たな心持ちで
「若様」
御帳台の外から、やわらかな声がかかった。近江の声だ。
「朝にございます」
歳の離れた弟をやさしく起こすような、いつもと変わらぬ声を耳にし。私は、この世界で生きていることを実感した。
御帳台から出て朝の手水 (洗顔とその他)を済ませると、小狩衣が用意してあった。
「本日は、こちらをお召しになってくださいませ」
「うむ」
色合わせが名称となっている『菖蒲重』だった。菜種色の表地の袖口から、裏地の萌黄色がちらりと見えた。
朱色の単衣を着て、紫色の指貫を履き、菖蒲重の小狩衣を纏って──近江の手を借り、普段着に着替える。
ひとつ道が違えば、こうして近江と会うこともなかったのやもしれぬ。今あることを、あたり前だと思ってはならぬのだな。夢にて、良い教えをいただいた。
「近江」
「はい。腰帯がきつうございますか?」
「いや、……問題ない」
「ならばよろしゅうございます」
次は二筋垂髪を結ってもらうため、近江に背を向け腰をおろした。小狩衣を痛めぬよう肩から布が掛けられたのを機に、私は床を見つつ改めて口を開いた。
「……実は、昨夜、御神託をいただいた」
「まぁ……」
背中ほどまである私の髪を、丁寧に櫛けずる近江の手が止まった。
最初のコメントを投稿しよう!