新たな心持ちで

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新たな心持ちで

「若様」  御帳台の外から、やわらかな声がかかった。近江の声だ。 「朝にございます」  歳の離れた弟をやさしく起こすような、いつもと変わらぬ声を耳にし。私は、この世界で生きていることを実感した。  御帳台から出て朝の手水(ちょうず) (洗顔とその他)を済ませると、小狩衣が用意してあった。 「本日は、こちらをお召しになってくださいませ」 「うむ」  色合わせが名称となっている『菖蒲重(しょうぶのかさね)』だった。菜種色の表地の袖口から、裏地の萌黄色がちらりと見えた。  朱色の単衣(ひとえ)を着て、紫色の指貫(さしぬき)を履き、菖蒲重の小狩衣を纏って──近江の手を借り、普段着に着替える。  ひとつ道が違えば、こうして近江と会うこともなかったのやもしれぬ。今あることを、あたり前だと思ってはならぬのだな。夢にて、良い教えをいただいた。 「近江」 「はい。腰帯がきつうございますか?」 「いや、……問題ない」 「ならばよろしゅうございます」  次は二筋垂髪(すいはつ)を結ってもらうため、近江に背を向け腰をおろした。小狩衣を痛めぬよう肩から布が掛けられたのを機に、私は床を見つつ改めて口を開いた。 「……実は、昨夜、御神託をいただいた」 「まぁ……」  背中ほどまである私の髪を、丁寧に櫛けずる近江の手が止まった。
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