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「おかげんなど、お変わりございませんか?」
「神使の方がご配慮くださったおかげで、少々だるいくらいで済んでいる」
「では、本日は無理をなさいませんよう」
手の動きが再開した。頭のてっぺんから襟足まで、櫛で髪を左右に分けた近江は、私の前に移動してきた。
「なるべく、そうしよう。予定は変えられぬが」
私はいつものように、視線を伏せたまま返答した。髪結い中に見つめられても困るだろう。
「あ……玄斎師が、お見えになるのですわね」
「ご教授いただける折には、しっかりと学ばねば」
「そうでございますが……」
「案ずるな。動けぬほどではないのだ」
片方の耳前で束になった髪が、紐で結われた。
「御神託の件だが……これからは、口数が多少増えるやもしれぬが、慣れてくれと言っておきたかった」
「かしこまりました。わたくしは、若様とお話しできるのは嬉しゅうございます」
心からそう申してくれているのが伝わってきて、今までの所業に罪悪感を覚えた。
これまで、家臣たちとは「うむ」やら「問題ない」という程度にしか話さなかった……いや、話せなかった。この世界に違和感を覚えながらも、家臣たちにそれを見せてはならぬという小さな自尊心が、私の口を重くしていたのだ。
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