穏やかな光満つ

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 懸盤(けんばん) (お膳)が運ばれてくるまでの間、私は母上と静かに会話をする。ふたりきりの内緒話のようで面映ゆいが、朝の大切な習慣だ。  母上のお召し物も、ようやく落ち着いて見られるようになった。先ほどは、皆の声だけでなく〝気〟もざわめいていたゆえ。  本日は、(くれない)色を基調とした重袿(かさねうちき)。その上に表着(うわぎ)をお召しになっている。  二十五歳の母上は、私を筆頭に三人も子がいるとは思えぬ美貌をお持ちである。この美しさを引き立てる装束を用意するのは、大変だが楽しくもあるのだろう。母上付きの女房がさりげなく力を注いだ証が、そこここから見て取れる。  目が合うと、母上は微笑まれた。 「本日は、金蘭の精ですね」  金蘭は、ひとつの茎に黄色の小花をいくつも咲かせる、凛とした風情でありながらも愛らしい花である。  熱田のおひいさまは、仕草も口調も、(たと)える花の名まで優雅だ。 「母上は、天女様のようでございます」  我が家の女性はどなたも美しいが、母上の美しさは格別に思う。身内贔屓と言われようとも、これは譲れない。
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