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誰にも訊ねられぬまま、私は五歳となった。
端午の節句にて、家族を始めとする一族の方々や家臣たち、身内以外にも大勢の方から祝っていただいた。童ながら、まことの笑顔と、あたたかなお言葉を受けられるのは、果報な身であると感じたものだ。
着衣は成人へと近づき、小狩衣へと変わった。
晴れやかな日に、真新しい装束。
私は、これよりいっそう気を引き締めねば、と思った。
それから間もなく、常盤の方、という方が新たな側室として我が家へいらした。十六歳でいらっしゃるそうだ。まだ数回しか言葉を交わしてはおらぬが、三人目の義母上は、たいそう線の細い方のように見受けられた。
嫡男 (正室の長男)として、気にかけてさしあげなければ。
……そう、私は嫡男だ。だからこそ……
源氏の次期長としてお立ちになっている、父上の足を引いてはならぬ。
正室として内助の功を尽くされている、母上の顔に泥を塗ってならぬ。
私がおかしな言動を致せば、家族が誹りを受けるのだ。
私は、日々を生きる上で、これらの戒めを胸の内に刻むのが習慣となっていた。
「若様、いかがなさったのですか? 難しいお顔をなさっておいでですわ」
「近江……いや、本日、玄斎師から教えていただいたことを、思い返していただけだ」
お付きの者にとて、おかしな様子を見せてはならぬ。
己の立場に、ふさわしいふるまいをせねばならぬ。
「左様でございましたか。そろそろおやつの時刻でございますが……」
「うむ。広間に参ろうか」
「はい。本日のおやつは、小豆と南瓜の薬膳料理ですわ」
「……左様か」
……南瓜……この世界には──
なぜ、私ばかりが気にかかる?
〝この世界〟とは何なのだ?
口からこぼれそうになる言葉を無理やり飲み込み、心の奥へと封じ込めながら月日を経て、私は九歳の誕生日を迎えた。
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