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親友じゃなかったら
「亮くん。今日は、朔の誕生日だね」
駅から球場に向かう途中で、隣を歩く朱里が、弾んだ声で言った気がした。
そうだな、と俺は、冷静を装って答える。半分上の空で答えたのは、試合の事を考えていたからだと思う。
「約束どおり、ホームラン打ってね」
「任せとけよ。ドデカいのを1発、打ってやるから」
「1発と言わず、2発でも、3発でもいいんですよ」
「そんなに打ったら、取りに行くのも大変だろ? だから1発。そんかわり、特大のを」
「そっか、ありがと」
朱里は満面の笑みを俺に向けた。その表情はいつも、試合前にフッと肩の力を抜いてくれる。俺は親指を立てるジェスチャーで答えた。
4月も終わりになるのに、今日は肌寒い風が吹く。日中暖かかった分、薄着のままの朱里が気になった。
「朱里、寒くないか? ナイターだから、もっと冷えるぞ」
「うん、ありがと。でも大丈夫よ」
と言ったとたん、朱里は小さなくしゃみをした。
「へえ、大丈夫ねえ」
俺は笑って、来ていたジャンバーを脱いで、朱里に差し出した。
「いいよ。大丈夫だから。亮くんこそ、大事な試合前だよ」
「もう球場だから、アップがてら走っていくよ。ずっと動いてるから、俺は大丈夫だ」
半ば無理やり、朱里にジャンバーを押し付けて、俺は球場に走った。少しだけ後ろを振り向いて、
「ホームランボール、一緒に朔のとこに持っていこうな!」
手を振って朱里に呼びかけた。自分が思ってたよりも、大きな声でビックリしてしまったが。
朱里がそれに応えて、手を振っているのを、背中で感じていた。
土のグランドを照明が照らして、試合が始まった。関東にある、16の大学が参加するトーナメント戦の大会で、今日の試合は第1回戦に当たる。
お互いの学校から応援団も派遣され、客席は内野が程よく埋まる程度だ。
1番バッターは凡退したが、2番が出塁した。初回から、俺まで打順が回ってきそうだ。ネクストバッターズサークルに向かいながら、ベンチの上のスタンドを見上げた。
黄色のワンピースを着た朱里が、すぐに目に入った。俺のジャンバーを、膝に置いて。
高校の時だったろうか。今日と同じように、急に寒くなった日の練習試合で、ジャンバーを持った朔が、ベンチを離れてネットの裏に廻っていった。朔はジャンバーを朱里に手渡すと、急いで戻ってくる。
どうしたのか聞くと、「唇の色が悪かったから」とあいつは言った。制服に朔のジャンバーを羽織った朱里が、笑顔で俺たちのプレーに声援を送っているのを、あの時もネクストバッタ―ズサークルで見つめていた気がする。
「何思い出してんだ、俺は」
前のバッターが三振に倒れ、バットに滑り止めをスプレーして、バッターボックスに向かった。バットを握る手に、力が入る。
ピッチャーが投げてきた、何でもないストレートを、ありったけの力を込めてスイングしたが、ボールにかすりもせず、体だけが勢いよく回った。はずみでヘルメットが吹き飛ぶ。
「いかんいかん」
ヘルメットを拾いながら、大きく息を吐いた。
どれもこれも、お前のせいだからな、朔。
いつだってお前は、涼しい顔をして、俺を困らせるんだ。親友じゃなかったら、許してねえんだぞ。
バットを構えなおすと、ピッチャーが投げた渾身のストレートに合わせてバットを振った。白球は漆黒の空に飛び出して、スコアボードの向こう側へと消えていった。
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