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☆5☆
ラットラルは朝からキャトルニアから逃げていた。
キャトルニアからパートナーを申し込まれてしまったら断れる自信がなかったからだ。
その大きな耳でキャトルニアの居場所を把握して一足先に逃げた。
必死に逃げ続けてそろそろパーティの開始時間になろうかという時間になった。
もう少しで逃げ切れる……。
ドグディ様はキャトルニア殿下をお誘いしたのだろうか?
キャトルニア殿下はお受けしたのだろうか……?
自分から逃げたのに心が痛んだ。
「あれ? ラットラル君。キャトルニア君には会えたかい?」
ラヴィだった。
「…………」
返事ができないでいるとラヴィは続けた。
「ラットラル君の事を探していたみたいなんだけど、僕の机にキャトルニア君宛ての手紙があってそれを見たキャトルニア君が血相変えてどこかへ行ったんだけど、無事会えたのかい?」
「――――――!?」
何かがおかしい。ラットラルは思った。
ねずみの感である。
ラットラルはその大きな耳に全神経を傾けて小さい音を拾った。
かすかに聞こえるキャトルニアの声。
ラットラルは走った。四本の足で。野蛮な行為とされているがこれが一番早く走れた。
キャトルニアは魔法訓練室にいるようだった。
ドアには鍵がかかっている。
ラットラルは大きく口を開けて前歯の一部を伸ばした。そしてがじがじがじがじと自分が通れるくらいの穴をあけようとドアを齧り続けた。このドアは特別性であるがラットラルにかかればただの板にすぎなかった。たとえそれがアダマンタイトであったとしても関係ない、ねずみの歯は何よりも硬いのだ。
やっとのことで扉が開くとキャトルニアが縛られた状態で檻に入れられていた。首には魔封じの首輪がふたつ。魔力が強すぎてひとつでは不安だったのだろう。
はじめはキャトルニアひとりだと思っていたが檻の中にはドグディもおり、こちらは自由に動ける状態で大事な部分がかろうじて隠れるくらいの布を纏っているだけだった。
「殿下っ!」
「ラットラル! 無事か?!」
「僕は何ともありません! 殿下、すぐお助けいたします!」
「俺の事はいいから早く逃げろ!」
「そんな事できません!」
「ラットラル君。キミになにができるというのだね? くくく」
モントだった。
「キミはそこで大人しくふたりが番うのを見ていればいいのだよ。あぁついでに私たちもここで番ってしまうかい? ふふふ」
舌舐めずりをして、心底楽しそうに笑うモント。
キャトルニアの自由を奪ってドグディと番わせる計画のようだ。
犬の国人と猿の国人は仲が悪かったはずなのだが一体どうして?
それだけキャトルニアもしくはラットラルの事が嫌いだと言う事か。
「――――逃げるんだっラットラル!!」
「無駄な事はやめたまえ。キミは魔法をひとつも使えないではないか」
ラットラルは一度キャトルニアに頷いてみせると大きく息を吸い込んで叫んだ。
「――――――――――ひっさ――つっねずみ算っ!!!!!」
「ちゅうっちゅうっちゅうっ」とぽんぽんぽんと次から次へとラットラルの分身が現れた。
これは魔法ではないねずみの国人が使う妖術だ。最弱であるはずのねずみ人が使う最強の術。決してねずみ人以外に見せてはいけないと小さい頃から教え込まれる。
ラットラルも自分のためには使わなかっただろう。それでも使ってしまった。
キャトルニアがその意志を無視され他の人と番わされてしまうと思ったら掟なんて忘れて叫んでいた。
あっけにとられる面々。
ただキャトルニアだけは目をキラキラさせてその異様な光景を見ていた。
「ラットラル……すごい!」
キャトルニアが入れられた檻を齧る者。モントにとびかかる者。ドグディを押さえる者。全てがラットラルだった。
数分の後キャトルニアは助け出され、モントとドグディは縄で縛りあげられその首にはキャトルニアにつけられていた魔封じの首輪がしっかり填められていた。
「よかった……」
ラットラルは安心したら力が抜けてその場に座り込んでしまった。
ラットラルの分身も一体ずつ消えていった。
「ラットラル……」
動けないでいるラットラルの顔をキャトルニアは舐め始めた。
ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ。丁寧に丁寧に。あの時と同じである。
そしてあの時と同じように甘い甘いはちみつの匂いもした。
やはりあれは夢ではなかったのだとキャトルニアは確信した。
あれはラットラルだったんだ。
頂に唇を寄せる。
これだ。見つけた! これは俺のモノだ。
同時にラットラルも思い出していた。
あぁあの時の人はキャトルニア殿下だったんだ。
僕は未成熟のまま頂を噛まれて……。
背後にくわっと口を開けラットラルの頂に牙をたてようとするキャトルニアに気づいた。ラットラルはそのまま受け入れようと力を抜いた――。
――が、
「スト――――ップ」
どこからか現れたラヴィとゴーダによってふたりは離されてしまった。
「何をする! ラットラルは俺の番だ! 離せっ」
「そういうわけにもいきません。ラットラル君とキャトルニア君は幼い頃に頂を噛んだ事で仮の番状態になっています。ですが、今噛んでも本当の番にはなれません。Ωがαの精液を体内に受けた状態で噛まねばダメなのです。そうでないとΩのラットラル君は中途半端な状態のままでαの匂いを嗅ぐ事もできなければこのままではまた記憶を失ってしまいます!」
「――――それは、本当の事か?」
「はい。おふたりが入学された時に両家からお話はうかがっておりました。何分おふたりは幼すぎて、このまま番ってしまっていいのか判断がつきませんでした。もし別に番いたい相手ができた場合苦しむのはおふたりですから。幸い今は仮状態なので新しくちゃんと番う事は可能なのです。だから両家とも何も告げず黙って見守っていらっしゃったんですよ」
「俺にはラットラルしかいない」
「僕もキャトルニア殿下しかおりません」
いつもと違って教師然とした厳しい表情で淡々と告げていたラヴィであったがふたりの言葉を聞いてにっこり笑った。
「そう、そうなんですね。ではまだダンスパーティは行われておりますからせかっくですから踊ってきませんか? そうして対外的にもおふたりの仲を知らしめるのです」
「そう、だな」
「はい」
キャトルニアとラットラルは幸せそうに微笑みあうと手をつないでダンスホールへとかけて行った。
ふたりが本当に番うのはあとちょっとだけ先の事。
-終-
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