不幸になりたくてなるヤツはいない

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

不幸になりたくてなるヤツはいない

 翌日、例の土手で支部長にとりあえず報告だけはした。 「そうか」  支部長も以前、面会に出かけて声をかけたのだそうだ。  が、やはり反応は全くなかったのだと言う。 「『シェイク』で精神的におかしくなった場合には、『アンインストール』という手段もあるが」  仮に、シェイクでひどく『押され』て精神的にダメージを受けた場合には、またシェイクを使うことで回復が図られることがあるらしい。 「彼女のような心の傷にシェイクで働きかけるのは、なかなか難しいそうだ。敵からかなり激しい肉体的精神的拷問を受けてしまったから」 「彼女に、じかには触れられませんでした。少しだけ触れただけで、硬直が激しくて」 「そうなんだ、看護師でも彼女に触れるのは二人だけだったそうだ、それと……ナカガワくんだけ」  サンライズ、はっと気づいた。  月一度訪ねてくる、だいたい判で押したように第一日曜日、記されていた『n』とはもしかしたらナカガワのことだったのか? 「ナカガワさんとキャシー……もしかして、実の親子なんですか?」  支部長は少し優しい目になった。 「いや。ナカガワくんも独身だからね。でも娘のようには可愛がっていた」  頑なな彼が、唯一社内で心を許していたのが、あのキャシーだったのだそうだ。  バカだのグズだの、オンナは役に立たない、などと罵倒しながらも、ナカガワは疲れてデスクで伏せたまま寝ているキャシーに黙って上着をかけてやったり、ほい、と飴を投げてやったり、何かと気にかけてはいたらしい。  キャシーもそんなナカガワに何故かと懐き、特務のシゴトで出張するたびに 「ナッカガワブチョー、オミヤゲですう、あ、なんで逃げるの」  と追いかけまわすことも日常茶飯事だったとか。  そのたびにナカガワが 「バカ、ミッション行って土産買うバカがどこにいる、シーサーなんぞ要らん」  などと怒鳴りながら逃げ回ったのだそうだ。  しかし机の上に置かれた土産はいつの間にか、ちゃんとカバンにしまって持って帰っていたらしい。  やるせない思いで、サンライズは遠くの高架をみやった。  誰にもどうにもならないことはあるのだ、不幸になりたくてなるヤツはいない。しかしいったん歯車が狂い始めると、物事はしごく簡単に崩壊への坂道を下っていく。  どうしたら、その中でも運命を呪うことなく、他人を憎まずに、恨まずに、そして自分を捨てずに前向きに生きていけるのだろう。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!