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一章「マリオネットとの出会い。」
―三十年前
とある日、一人の少女リリーはリリーの祖父が住んでいた屋敷の前にポツンと佇んでいた。リリーは一見十歳くらいの幼くかわいらしい見た目だが、実際ははもう、今年で十四歳の活発な少女である。
リリーはお気に入りの赤いリボンで二つに結んである髪を飾り、真っ白なワンピースに身を包んでいる。彼女は、ぎゅっとワンピースの裾をにぎり、覚悟をしたようにチャイムを鳴らした。
「ピーンポーン」
しかし、その覚悟は無駄になった。いくら待っても、玄関からは風の一つも吹いては来ないのだ。
「はぁ。」
やれやれと半ば分かっていたようにリリーの一回り二回り大きな大きな重い門を小さな身体で押した。門には鍵がかけられてなく、容易には開くが、十四歳の力では、リリーの身体で開けるのが精一杯だった。『ふう』と一息ついて、お屋敷の方向を見つめる。そこには広大な庭、その向こうには、青い屋根の大きな昔懐かしいお屋敷があった。しかし、九年前とちがい、何か温かみがなく。心踊るものはない。昔は、お祖父様に会えるのも楽しみだったし、ここのお庭も、夏になるとお祖父様が庭のお花に水をあげて…その水で花が煌くのが何より好きだった。目の前の庭は、多分庭師が整備したのだろう、やけに綺麗で生きている感じがしなく寂しく思えた、丁度手前にある。真っ赤な薔薇をまじまじと見るとやはりなんだかつまらない様子でただ動かずに凛と見せていた。リリーはひと事『ばいばいまた後で』というと真っ直ぐと屋敷に続く道を歩いた。色とりどりの花道をぬけると立派なお屋敷の扉があった、五歳の頃あんなに大きく感じた扉が、今では少しだけ小さくなったような感じがして嬉しかった。扉を一度ノックしてみるが、案の定返事はない。仕方なく、扉を開け、一歩屋敷の中へ入る。屋敷の中はシンとしていてやけに静かだ。おまけに、真っ暗で何も見えない。
「叔父様?ハロルド叔父様?何処にいらっしゃるの?リリーです。」
か細いその声は暗闇にかき消されて、ただただ虚しく響いては消えていった。弱気になる自分を律して、記憶を頼りに屋敷の階段へとむかう。叔父様はきっと書斎にいるはずと思ったのだ。書斎はたしか二階の一番端にあったと少しの不安と確信を抱いて、二階へ続く階段を上る。一歩一歩確かめながら上へ上へ、手すりの感触が嫌に冷たく感じてブルリと身体を震わせた。今は夏で身体は熱いはずなのに、身体は震え、寒気さえ感じていた。
やっとの思いで、二階へたどり着き、右か左かどちらに進むか悩んでいると、ふと音がした。オルゴールのような透き通った綺麗な音だ。震えていた身体が不思義と和らぎ、少し不安が消えていた。何の曲かは分からないが、とても綺麗で酷く悲しいそんな曲だ。どうやらこの曲は左側から聞こえてくるようで、少しの頼りにもすがりたいリリーは左へと足をすすめた。左へ曲がると目が慣れてきたのか、視界がぼんやりと開けたようで、うっすらと周りが見える。見ると、手前のドアが少しだけ開いている音はここから出ているようで、 期待を胸に、小走りでその部屋に駆け寄り、中へと入る。
「誰かいるの?」
オルゴールの音はやはりここからなっているようで、音がやけに響いていたが、なにせ真っ暗なので、音の出所は見つけることが出来ない。リリーの問いかけに返事はなく、音だけが鳴り続けている。期待が外れたリリーは肩を落としたが、ふとひらめいたように電気のスイッチを探し始めた。
「電気がついてないなら、つければいい話なのよね!私ったら、そんな簡単なことにも、きづかないなんて、えっとスイッチは確かこの変に…。」
ドアの付近へ近づく。
「えっとあれかな?」
うっすらと見える四角い白いスイッチを見つけ電気をつけようと一歩前へ出た…瞬間!
「きゃあ!」
その瞬間リリーの視界は明るくなったと同時に視界は床へと落ちて行った。
「ドン。」
と、大きく転んだリリーは瞬時に状況が飲み込めず辺りを見回した。
「いったー。」
明かりのついた部屋を見回すと人形がいくつか置いてあり、オルゴールも視線の先に見えた。
「えっとどれにつまずいたんだろう。」
すぐ横を見ると…。
「え…。」
そこに…。
「にん、ぎょう?」
人形にしては大きくそして細やかで精密だ。しかし人間と言うにはあまりにも生気がない。実際、いまだってじっと動かないままである。
リリーはまじまじとソレを見る。真っ白な髪がとても不思議で、引き込まれそうになった。肌は透き通るように白く、身体は細くしかし、丁度いい。服は白いロングTシャツを着ていてより一層肌が白く見えた。ズボンは黒の半ズボンを着ている。綺麗な白い髪を無造作に結んでいてぼさぼささの髪に時期はずれな洋服。誰も、この子にかまっていない事が手に取るように分かった。しかし、リリーはどこかで会った事があるような気がした。恐る恐る大切なその名を呼ぶ。
「ノワール?」
しかしその名を呼んでも眼前のソレはピクリとも動かない。ドキドキした思いは的がはずれ、残念だったが、ほっとしてしまった。
「でも、本当に人形みたいね。真っ白で綺麗。」
リリーはそろりとその人形に手を近付ける。丁度人差し指がソレの頬に触れる頃だった。ソレの身体がピクリと動き鋭い眼光がリリーを貫いた。
「触るな。」
ソレはリリーの手を払うと、真っ黒な瞳でリリーを睨んだ。丁度オルゴールの音がシンと静まり、窓からはどんよりとした雲が怪しげにその暗さを増していった。睨まれたリリーは一瞬戸惑ったが、すぐに意識を眼前のソレに戻した。
「貴方は…人間?」
「人形だ。」
人形の人間のようなソレは、眉一つ動かさず、ただ、口を上下に開けて、音を発しているだけのように見えた。
「嘘よ、人形は喋らないわ。」
二人はしばらく見詰め合って糸が切れたようにソレはぷつんとまた眼を閉じてしまった。「ちょっと、いきなり黙らないでよ。」
ゆさゆさとソレを揺さぶるが、依然としてうごかないままだ。きっと倒しても、人形のように、動かないまま佇んでいるに違いない。
「ああ、もう、強情ね。おーきてーよー!」
屋敷中に響く声で叫んでも、ソレはピクリともしなかった。諦めたリリーはぺたんと床に座って部屋を見渡す。辺りには様々な人形がたくさんおいてあった。フランス人形や日本人形、熊のぬいぐるみや、からくり人形、そこであたかも生きているように置かれていた。
「お祖父様のコレクションかしら。」
たくさんの人形に囲まれたソレはやはり人形のようで、一瞬本当に人形で、何処かの魔女に声をもらったのかもしれないとリリーは思った。
「はぁ。」
一つため息をついた。その意味は自分自身でさえも分からなかった。
「リリー来てたのかい。そんなところでどうした。」
ふと、背後のドアから、親しみのある声が聞こえて、緊張が切れて、不安だった胸のうちがあふれ、ボロボロと涙を流し始めた。
「叔父様の…えっぐ、ばかぁ!」
「ごめんごめん。」
ハロルドは優しく、リリーの頭を撫でて、自分の心音を聞かせて落ち着かせた。
「落ち着いたかい。」
「…ええ。」
先ほどまで、泣いたことを恥ずかしく思い、頬を赤らめた。
「久しぶりだわ、よくお祖父様もこうして、落ち着かせてくれたわ。」
「僕もお父様にこうしてもらっていたからね。」
二人はまるで、共通の話が出来る喜びからか、眼を合わせて笑った。
「じゃ、なくて。叔父様、何処に行っていたの。もう、はぐらかすの上手いんだから。」
「ははっごめんよ。執筆が進まなくてね。」
「嘘。どうせ、執筆の参考とかいって本を読み始めたら、止まらなくなっただけでしょう。」
ハロルドは苦笑して目をそらしたものだから、リリーは『ハァ』とため息をついて、少しだけ、不甲斐ない叔父を睨んだ。
「もう、叔父様ったら、いつもそう。昔、一緒に住んでいたときだって…。」
「ごめん、ごめん」
「ごめんは一回です。私がどれだけ不安だったか。」
またもやなきそうなリリーを軽く抱きしめ、そっと『ごめんね』と囁いた。リリーは多少の落ち着きを取り戻して、ふうっと息をすって重要なことに気がつきハロルドに飛びついた。
「叔父様!!」
「えっうわ、何かな。」
「ねぇ、この子どうしたの。」
リリーの視線は真っ直ぐと、人形のようね人間のようなソレを捉えた。ハロルドは一瞬表情を曇らせたが、すぐにソレを隠した。
「ああ、ロアのことか。」
「ロア…。」
「名前だよ。僕がつけた。」
その事をきいてますます混乱した。その部屋は明るいはずなのにリリーの中は暗く、まるでこの部屋以外の屋敷内みたいに明かりのついてない、真っ暗でよく見えない、そんな感じなのだ。
『ボーン、ボーン、ボーン』
時計の鐘が三時を知らせるが、リリーは気づかない。
「ねぇ、ちょっとまって、つけたって、この子そもそもどうしてここにいるの。」
「ああ、ここの部屋においてあったんだよ。」
「置いてあった…」
まるで、人形である言い草だった。
「この子は人間?」
真っ直ぐにハロルドの目をみたが、まるで読めない。顔は笑っているのに、きっと腹の底は何も見えない。そんな感じだ。
「人形だよ。彼自身がそういうからね。」
「人形は喋らないわ。」
「喋るんだよ。人形の定義は何も喋らないというところではないだろう。」
「じゃあ、人形の定義ってなんなの。」
「そうだな、心が表情が何も映し出さない事。」
「なに、それ。もっと分かるように説明してよ。」
「そんなことより、リリー疲れてるだろう。もう、三時を過ぎてしまった。紅茶でも、飲もう。ロア!」
そう、一言呼ぶと、ロアはパチリと眼を開けて、立ち上がりハロルドをみた。
「はい。何でしょう。マスター。」
「紅茶を淹れてきてくれないか。」
「はい。かしこまりました。」
ロアはそのままその部屋を出て行った。あまりにも早い展開についていけないリリーは一瞬固まってしまった。
「ちょっと叔父様!マスターってどういう!」
「そのままだよ、私は彼の御主人様というわけだね。ロアは私の操り人形だ。」
「!?それ、どーゆう!」
「そのままさ、さあ、リリー紅茶を飲みに行こう。ああ、そういえばスコーンがあったような…。」
「叔父様!!」
ハロルドは何も言わずに、顔面に笑顔を貼り付けている。腹の奥底では何を考えているか分からない胡散臭い顔だ。正直リリーはこの叔父を苦手だと思っている。慕ってはいるが、深く関わってはいけないとも思っているのも事実だ。
リリーはこれ以上は無駄と判断して、彼の指示に従った。そうして二人はその部屋を後にした。
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