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第二章 「マリオネットのヘンカ」
「コポポ。」
ゆらりと湯気が辺りの空気をぼやかしていた。この部屋は懐かしい。よくお祖父様と一緒にご飯を食べた場所だ。しかしあの頃とは様変わりして、あちらこちらに本が積み上げられていた。ロアは目の前で、ティーポットを持ち、二つのカップに紅茶を淹れている。白い陶器にうす紅い紅茶が映えて、とても綺麗だった。リリーはテーブルにあごをくっつけてロアをみる。
「こら、リリー行儀が悪い。」
ハロルドの注意も右から左に抜けてしまったようでそのままじっとロアを見続けている。
「ねぇ。」
「…。」
「ねえ!!!」
反応はない。すかさずハロルドがフォローに回る。
「ロア、リリーと話しなさい。」
ロアは小さく『はい』と頷いて眼前の私を半ば睨んだようにみる。
「なんですか。」
なんだか、ハロルドの命令でロアに喋ってもらってるようで気に食わなかったがぐっとこらえた。
「ねぇ、なんで二つなの。」
まっすぐと指差した先は二つのティーカップだ。
「あなたとマスターの分です。」
「ロアは飲まないの?」
「僕はいいんです。」
「どうして?」
「どうしてといわれましても。僕は飲めとも言われてませんし。」
「じゃあ、一緒に飲みましょう!」
「できません。」
「どうして?」
「僕はマスターの命令しか聞けませんから。」
リリーの中の何かがぷつんと切れた音がした。
「あーもう!何よそれ!命令命令って叔父様はそんなにえらくないわよ!あーもうそんなこと言うなら、私決めたわロアとお友達になる!」
「……。」
「命令なしでも友達になってみせるわ!」
「無理だと思うけどね。」
「やってみないと分からないじゃない。」
リリーの表情は生き生きとしてやる気に満ちていたのとは反面ハロルドはどうせ無理だと思っているのか皮肉を含んだ微笑を浮かべていた。
「まあ、いい。ロア、これからリリーと仲良くしてあげなさい。」
「はい。」
「ちょっと叔父様勝手に…。」
「でも、寂しいだろ。僕も君にかまっていられないからね。なに。友達になれとは言ってないだろ。」
「…もう、叔父様嫌い。」
「おやおや小さいころ叔父様だあいすきといっていたのは何処の誰かな。」
「知らない。」
「おねしょしちゃったときも姉さんにだまっててあげたのになあ…。」
「もう!ひどいわ!叔父様!」
リリーは頬をプウッと膨らませ顔を真っ赤にしてハロルドを睨む、そんな滑稽な顔をみたせいか、腹から笑いがこみ上げ笑い出した。
「ははっは!今日は君を怒らせてばかりだね、リリー。」
優しく彼女の髪の毛をなぞり、頬をなでおでこにキスをした。
「ううん。理解できないことばかりで少し、動揺してしまったの。」
「そうかい。まあ、姉さん達が来るまでの間楽しんでくれると嬉しいな。」
「ふふっロアに仲良くしてもらうわ。」
二人は落ち着いたようでようやく紅茶を楽しみ始めた。リリーが砂糖が入ってる銀色の入れ物に手を伸ばそうとすると丁度ハロルドがとり、角砂糖を一個…二個三個としまいには全ての角砂糖を入れてしまった。
「ちょっおじ様!?」
「なんだい?」
「入れすぎよ。」
「そうかな。甘いほうが美味しいし。」
「そういう問題じゃありません!病気になったらどうするの。」
「そのときはそのときかな。」
怒る気力も失せイスにもたれかかった。
「はぁ、とにかく、その紅茶は没収です。」
「じゃあ、それどうするの?」
「紅茶を足して薄めましょう。」
ロアは紅茶を淹れろとい命令がまだ有効なのか紅茶を淹れようとしたが、その手をとめた。
「私がやるから座ってて。」
ロアはティーポットを奪われ、ぼーっと突っ立ていた、みかねてリリーがイスに座らせた。
「もう、座ってて!いい、仲良くなるってことはえっと助け合うってことなの。だから私にやらせて。」
ロアは訳が分からずにただ一言『はい』と頷いた。
「リリーはいい妻になるよ。」
「本当!?お母様みたいになれるかしら。」
「ああ、もっといいお母さんになれるよ。リリーは子供を一人置いておかないだろ。」
「…仕方ないわ。お母様もお父様も忙しいもの。」
「姉さんもこんな可愛い娘一人置いて仕事だなんて可哀そうだね。」
「あ!お母様で思い出したわ!」
リリーは部屋の隅においておいた茶色い鞄を手に取り、中から一つの白い封筒を取り出す。
「姉さんからかい。」
「ええ、叔父様に渡すようにって。」
「いらない。どうせ説教だ。」
「叔父様!!」
手紙をぐいと押し付ける。しかしとろうとはしない。しばらく駆け引きが続いたが、リリーの強情にまけて、白い封筒を受け取り、ロアに開けさせ中身を見る。中には一枚の手紙が入っていた。綺麗な可愛い文字で親愛なる弟へと書いてあった。
「お母様はなんておっしゃっていたの。」
「この家のことだよ。」
「ああ、ごめんなさい。お母様も急に引越しするって…叔父様も困るわよね。」
「いいんだよ、光熱費とか全部払ってくれたしね、小説が売れるまで離れにいていいて言うし。それに、僕もこの家は大事だから。」
「私もだあいすきよ!」
「でも、リリーは転校だろう。大丈夫かい。」
「ええ!ちょっと心配だけれど、すぐになれるわ。」
リリーはふとロアをみた。この家にとても馴染んでいた。
「ねぇ、ロアは、お祖父様を知っているの。」
ロアはしばらく止まっていた。
「…知りません。」
「じゃあ、何故ここにいるの。」
「知りません。」
「お母様やお父様は。」
「知りません」
あくまで無表情で、リリーはにはロアという存在が見えなかった。この子はいったい何者だろうという不思議な思いがより一層積もるだけであった。
「ロアは、記憶がないんだ。ついでに感情も失ってる。」
「え!」
「よっぽど辛い事があったんじゃないかな。」
「それで記憶を…。」
リリーはまじまじとロアの顔を見た。無表情の顔は崩れない。何も映し出さない無機物で冷たい。しかし何故か愛おしく思えるのだ。酷くもろくそれ故に頑なな彼の心を解きたい。そう思ってしまうのだ。
「でも、辛い事ばかりじゃないわ。きっとそう、いい思いでもあるはず。感情だって悪いものばかりではないのよ。えっと例えばこの紅茶。飲んでみて。」
リリー自分が淹れた紅茶をロアに渡す。淹れ立ての紅茶は美味しそうな湯気をだしうす紅い紅茶がきらきらと輝いているようだった。
しばらくじっとみて一口口の中へと入れた。
「どう。多分美味しいと思うんだけど。」
「美味しい…味が良い事。」
「ロアはそう思った?」
「分かりません。」
「えっとじゃあ、なんかこう温かくなって心が幸せって感じ!」
「…よく、分かりません。」
「そう、でも、飲めるのでしょう。」
「はい。」
リリーはしばらく考えて没収したハロルドの紅茶をロアに手渡す。
「これ、飲んでみて。」
いわれるがままに、まだとけきってない甘い甘い紅茶をのむ。しかし表情はくずれない。
「どう。」
「はい。特に。」
「さっきと違うと思わない。」
「よくは分からないです。…でも最初に飲んだのは何か違った気がします。」
リリーはその言葉を聞いて嬉しくなった。ロアは完全に感情を失ってない。そう、直感したのだ。
「ふふっソレが美味しいってことよ。私紅茶淹れるのはロアにだって負けないわ!」
「おいしい…。」
リリーは甘い紅茶に新しい紅茶を継ぎ足し、ハロルドに出した。
「はー甘くない。」
「我が儘はダメです。」
「本当に君は姉さんそっくりだよ。」
「叔父様はお母様と正反対だわ。」
「よく言われるよ。あっとそろそろ仕事でもするかな。」
「程ほどに、ね!」
「はいはい。紅茶ご馳走様、何かあったら書斎に来るように。」
「はあい。」
ハロルドはそういってその部屋を後にし、書斎へと向かった。ロアはなれているようで、てきぱきとティーセットを片している。
「ああ、ロア、いいわよ。私がやるわ。」
「いいです。」
リリーの顔を一瞬たりとも見ずに黙々と作業をしてる。
「やる。」
「いいです。」
「やるってばやる。」
「いいです。」
「んーもう、強情ね!よし。一緒にやりましょう。そのほうが早いし。あ、あと。敬語はだめよ。」
「何故。」
「仲良くなれないから。返事は。」
「はい。」
「うん!よ。」
「うん…。」
「よく出来ました。」
リリーはロアの頭を撫でた。ソレはロアには感じたことない温かさで、しかし、その「温かい」という感情さえ知らない彼はただただ、ソレがおかしく胸につかかっていた。しかし。嫌な気持ちではないのだ。その温かさが心地よいとさえ感じていたのかもしれない。しかし、ロアは気づかないふりをして心の内に深くしまった。
こうして、売れない物書きのハロルドと元気いっぱいの少女リリー、人間のような人形ロアの奇妙な三人の暮らしが始まった。
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