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五章「マリオネットのカコ」
真っ白な雪の日。真っ黒な髪の男の子を拾う。それ物語の最初の出来事だった。
「あなた、名前は?」
そこは街の裏路地でリリーは祖父から離れ街を探索していた。そこで一人たたずむ少年を見つけた。みたところ、自分と同じような年齢で5~6歳ほどにみえたが、骨は浮き出て白い。そしてなによりめずらしかったのは、真っ黒な瞳と真っ黒な髪の毛だった。
「名前は…ない。」
「そう…じゃあねえ。」
リリーは少年の顔をまじまじとみる。
「ノワール!」
「え?」
「ノワールソレがいいわ。だってとっても綺麗な黒い髪と瞳なんですもの!」
「ああ、アンジェそこにいたのか。」
アンジェとは愛称のようなもので、リリーの祖父がつけた愛称だ。天使のように可愛い子供という意味だそうだ。
「あら、お祖父様いいところに来たわ!ねえ、私この子を拾いたい。」
「ちょと待ちなさいアンジェ、今なんて…。」
「だから、この子を拾って一緒に暮らすの。だって可哀そうじゃないこんなところにいたら寒くて死んじゃうわ。」
「そうは言ってもなあ。」
「じゃあ、お祖父様はこのままこの子を見殺しにしてもいいって言うの?」
「そうでなく!」
「お祖父様!」
「ああ、もう、アンジェには敵わない。とりあえず屋敷へ行こうか。」
「やった!お祖父様!大好きよ。」
少年、いやノワールは自分を置き去りに物事が進んで戸惑っていた。
「貴方、捨てられたのでしょう。」
ノワールはただ一つ頷いた。
「さあ、いきましょう。」
「何処へ?」
「お祖父様のお屋敷よ。」
ノワールは状況が飲みこめずに真っ黒な瞳をくりくりさせてリリーを見ることしか出来なかった。すると目の前に小さな手がまっずぐと伸びて、それがリリーの手だという事に気づいた。
「…?」
その行為を何だか知らず。小さな可愛い手を凝視していた。
「あら、知らないの。」
「え…。」
「握手よあーくしゅ!」
おずおずと細い腕がリリーの手に触れる。リリーはノワールの手をがっしり握り握手した。
「よろしく。ノワ。」
満面の笑みはノワールには天使の微笑みのように思えた。それほどノワールにとってのリリーの存在は大きかったのだ。こうしてアンジェとノワールそしてと祖父ロイドの暮らしが始まった。
リリーは両親が忙しく、ロイドと暮らすようになって間もない。そんな中同年代の男の子がいることにリリーは舞い上がっていた。一人では寂しい。その事をリリーは十分わかっていたからこそ、彼を救い、同時に彼女自身も救われていたのだ。そうしてノワールは二人の愛情を受け、浮き出ていた骨もきちんと肉がつき肌はつややかになっていた。もう、彼を拾って1ヶ月くらいの事だった。
「ねえアンジェ。」
「なあに。」
二人は家の庭に出て花冠を作ってあそんでいた。
「お花はいつか枯れてしまうの。」
「ええ、そうね。いつかは枯れてしまうわ。でもどうしていきなり…。」
「こないだね。僕のお部屋に飾ってあったお花がいつのまにか黒くなってて。ああ、かれちゃったんだなって悲しくなったの。」
「そうね悲しいわね。」
二人は俯き、まるでしおれた花のようだった。
「あ!」
「え!」
「私、知ってるわ。お花が枯れない方法。」
「そんなのあるの?」
「押し花って言うんだけどこう…お花をね、紙の上にのっけてぎゅーって重石をのけって紙にくっつけるとずううっと綺麗なままのお花がみれるんだよ。」
「え!本当。」
「うん。後で作ってあげる。何の花がいい?」
「えっと。」
そういってノワールはマーガレットの花を持ってきて手渡した。そうしてリリーも同じ花を摘んだ。
「おそろいにしよう。」
「おそろい…。」
「私たちは枯れないでずううっと一緒よ!」
「うん!」
無邪気で残酷な約束だった。
そうして2ヶ月がすぎ3ヶ月がすぎ、様々な花が芽吹く頃、リリーは学校に行き始めた。ノワールはというと勉強以前の問題で。もう少し後からということになった。しかし。ロアは賢かった。本を二三冊読めば、書けなかった文字はすらすらと書けるようになり数学もリリーの教科書を見ただけで、すぐ覚えてしまった。一方リリーは勉強が苦手で毎回テストは平均点より少し下で大好きなお祖父様にほめられるのはいつもノワールだった。リリーには次第に黒いもやもやが生まれ始めついには爆発してしまったのだ。
「アンジェ。」
いつものようにロアはアンジェに駆け寄る。
「何、ノワ。今忙しいよ。」
「ねえ、遊ぼう。」
「ごめん。また今度ね。」
しかし、アンジェはというとノワの目も見ずにそっけなく返事する。
「アンジェ、前もそれ言ったよ。」
「うるさいなあ、いつまでもノワと遊んでられないよ。」
「どうして?アンジェ前言ったよね。ずううっと一緒だよって。」
「前の話よ。大好きな勉強をしてまたお祖父様にほめてもらえばいいでしょう。」
「アンジェ…またテスト悪かったの?だからイライラしてるの…。大丈夫だよリリーなら頑張れば…」
「…たに…。」
「え…。」
「あんたに何が分かるっていうのよ!!」
「な、に。」
「なんでノワばっかり褒めるのノワなんて拾われた可哀想な子供のくせにどうして!」
リリーはうずくまりほろほろと涙を流していた。
「アン…。」
ノワールが触ろうとする。
「触らないで!!」
リリーはノワールの手を払い立ち上がった。
「ノワなんていなければ良かったのに…。」
「え…。」
ハラリとノワのポケットからマーガレットの押し花が落ちる。
「あ…。」
床に落ちた花はあまりにも美しく…そして…あまりにも哀しく咲いていた。ノワールがうごけないままでいると、花はふっと中へ浮いた。そう、アンジェがその押し花を拾い、そして……
『ビリビリッ』
歪な音とともにはらはらと花の欠片は落ちていく。
「ノワなんて大嫌い!!」
そうしてそのまま外へと走り去ってしまった。リリーにとったら些細な喧嘩かもしれない。しかし、ノワールには深い深い傷を負うほどの出来事だった。しばらくして、リリーは謝ろうと屋敷に戻ると、もう、ノワールは屋敷のどこにも見つけられずに一日二日とたっても帰ってこなかった。そうしてリリーは親もとに帰され、後悔だけが残った。このアンジェこそリリーでノワールこそがロアなのである。そんな二人が今、再び出会ったのである。
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