マリオネットの喜び

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第6章「マリオネットとアンジェ」  ロア…いや、ノワールを床に寝かしつけ、少しの沈黙が流れた。 「ロアとはもともと知り合いなのかい。」 「あ…ええ。私が昔拾ったの。そうしてノワールと名付けたわ。」 「ノワール…そういえばお父様の遺書にもあったような。」 「お祖父様はなんて!!」 「アンジェとノワールをよろしくと。でも、ノワールらしき子供は見つからず、しばらくしてこの子をみつけて…ノワールかもとは思ったが当の本人は記憶がない。だから僕はあえてロアと名付けた。思い出しても出さなくてもいいように。」 「叔父様は記憶を取り戻してあげようと思わなかったの?」  外はもう暗く星が瞬いているくらい素敵な夜だった。 「彼がソレを望まない。」 「そうじゃなくって叔父様はどうして記憶を戻してあげようとしないの?」 「必要ないからね。彼のためだ。僕はリリーみたいに自分のエゴで他人の人生を左右させたりしない。」 「でも、自分の意思っていうものはないの? 」 「意思ならあるさ。」 「え。」 「僕はロアがこのまま僕のマリオネットであることを望んでいるよ。」 「一生叔父様の手足になれと?」 「違うねえ。別に僕の役に立たなくていい。ただ、人間じゃない人間の心を持たないロアがいないとだめなんだ。」 「どうして…。」 「簡単だよ。」  カチコチと時計の音が聞こえる。数秒の沈黙が何分のようにも思えた。 「蔑むためだよ。」 「蔑む…。」 「ああ、こいつよりはましだって思うんだよロアをみてるとね。」 「酷いっ。」 「酷いものか、人間はすぐ優劣をつける。もてはやしては売れなければすぐ悪い噂の嵐そうして蔑むんだあいつはもう駄目だと。」 「……。」 「でも、そんなときロアに出会った。ロアは心も感情も捨て、もはや人間じゃない。僕はいろんな感情も心もある立派な人間だ!ああ、人間じゃないこいつよりはましだと思えた。そうして僕はこいつを蔑むことによって生きていられる。」 「そんな…ことって。」 「お綺麗な世界ばかりではないんだよ。」  リリーの耳元で囁くソレは酷く耳に心地よく、今まで味わった事のない寒気さえした。 「叔父様は…それでいいの?」 「いいもなにも。それがいい。」 「そんなの嘘よ。悔しくないの!皆に蔑まれたままで!見返してやろうって思わないの?こんな、こんなのって虚しすぎるよ。」 「リリーに君に何がわかる!!頑張っても頑張っても結果はでない!そのたびに周りに!民衆に蔑まれる!ああ、もうあいつは駄目だと!」 「……。」  リリーはその言葉に何も言えない。十四歳のリリーの経験では彼に言い返す言葉もない。 「結局綺麗な世界で生きてきた君には分からないんだよ。」  しかし、でも、リリーには今、やらなければいけないことがある。そして同時にハロルドにも知って欲しいのだ。自分の覚悟をそして思いを。 「分からないよ!でも、それでも私はノワールに記憶を取り戻してもらって、それでまた仲良くなれたらって虫のいいことも考えてる。私は諦めない。どんなにノワが嫌がっても諦めない。ソレはこの思いは私の意思だから。エゴでもなんでもいい。それでも私は私の思いを突き通す。出なきゃきっと伝わらない。」  ハロルドはその強い純粋な気持ちがまぶしく何か大切な事を思い出したような気がした。 そうしてリリーの瞳を見た真っ直ぐ強く前を見据える目だ。 「諦めないか。」  ハロルドはふっと笑った。リリーが昔の自分にかぶったからだ。今までいろんな意見に左右されて見えなかったものが、今見えたような気がしてなんだかおかしくなってしまった。 「ふっ。」 「叔父さま。」 「ふっあははっは!」  そうして笑ったのだ。めいいっぱい。そうしたら、あんなにうずたかく積まれた黒いモノはいつの間にか軽くなっていた。 「そうか、笑い飛ばせばよかったのか。」 「え…。」  眼前の少女を見てそうして頭をなでた。 「君には負けたよ。」 「叔父様!」 「でも、僕は感情を取り戻す事に賛成はできない。」 「どうして!」 「感情は心を壊す。もし、また壊れたらきっと今度は死んでしまうかも知れないんだぞ。」 「させない。今度は絶対に。私はただロアの笑顔がみたい。楽しいって言う素敵な気持ちを思い出して欲しいの。」 「そうか、でも僕は彼が壊れそうなら止めるよ。」 「ええ。ありがとう叔父様。」  そうしてアンジェはノワの横に座りまじまじと見て優しく名を呼んだ。         
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