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7章「マリオネットのヨロコビ」
酷く暗い中一人ノワールはさ迷っていた。何も見えない何も感じないそこはロアの世界だ。そこの暗闇にはぽうっと一人の少年が映し出された。真っ白なその髪は紛れもなく自分のような人形で、不思議とノワールはソレとは違うものになってしまったんだと思った。しかし。今なら戻れる。ロアに戻れる。記憶を失ったままもう一度人形へと…。
目の前のロアは何も語らずじっとみている。だがしかしどこか寂しそうに見えた。そうして僕が近づくと静に首を横に振った。ふと声がした、憎いはずなのに愛しく感じてしまう人の声だ。
「いやだよ。また辛いおもいするのは。」
そう呟いたノワにロアは微笑んだ。そうして一言。
「――。」
かすかに聞こえたその言葉はノワの心に響きそして…
「…ワ、ノワール!」
リリーのその声で目が覚めた。
「アン、ジェ。」
「記憶を…思い出したのね。」
ノワールはコクンと頷き、アンジェをまっすぐとみる。そうして床に手をつき、立ち上がろうとする。
「うっ。」
頭に少しの痛みが走り頭を抑えた。
「ノワール!」
「触るな!!」
今までにない。声と表情だった。アンジェとノワールの間にはいつも楽しい感情ばかりだった。だからこそアンジェはノワールの怒るところなどみた事がない。アンジェは一歩下がるのをきっとこらえ、踏みとどまった。
「話を聞いて、ノワール。」
「今更…。」
「今更でもなんでも、私は貴方に謝りたいの。ごめんなさい。」
アンジェは後ろを向くノワールの背中に礼をして謝る。
「もう、今更仲良くなんて…」
「できるわ!」
「虫のいい!ッ僕を置いていった癖に!!」
「あの時は幼かったわ。感情のまま動いて…でも失ってから初めて気づいたの。貴方がどれほど大事だったかを!」
「……。」
ロア異様なほど静に聞いていた。聞きたくもないアンジェの言葉をきちんと聞いていた。それはきっとロアの一言が彼をそうさせているのだ。逃げないで居られる。
「それでも、戻ることはできないよ。僕は憎しみを知ってしまった。こんな感情…いらない。こんなどろどろした感情。だったらロアでいるほうが幸せ。」
「戻れないよ。そりゃあね。でもここから始めることは出来る。それに憎しみも怒りもいらない感情ではないのよ。その感情にとらわれないことが大事なの。憎しみも怒りもバネにしてやればいいの。こいつよりはもっともっといい人になるって。それに私たちは憎みあってないはず…ノワは憎い?」
ノワールはそういわれてしばらく考えてみた。ノワールもロアも感情を本でしか知らなかったのかも知れない。その感情の名を…。
「寂しかったんじゃないか。」
ハロルドは座って聞いていた。相変らずコーヒーを飲みながら。
「寂しい…。」
「だからこそ、寂しくて悲しくて忘れたくて、髪が白くなるほど心を捨てたんじゃないのか。憎かったらきっとアンジェを殺しにいってるさ。ソレをしなかったのは。アンジェが好きだからだろう。」
「叔父様。」
「…すき、だよ。」
「え。」
「大好きだよ!大好きだよう!だから!だからこそ悲しかったんだ。大嫌いって言われて。」
ノワールの眼からボロボロと大粒な涙を流していた。涙を見るのもアンジェにとって初めてだった。
「アンジェがいけないんだ。僕を僕を捨てたから!」
「ごめん。ごめんね、ノワ。」
震えるノワールをそっと抱き寄せて、悲しみが伝わったかのようにアンジェも泣き始めた。
「私たちは足りなかったんだよ。喧嘩もアレが始めてだし、一緒に泣いたことも罵ったこともない。そんなのおかしいんだよ。人間だから、衝突するのが当たり前なんだよ。だからこれからそうやってなおしていこうよ。一緒に。」
二人の顔は涙でぐしゃぐしゃでアンジェはノワをノワールはアンジェをみてお互い笑いあった。
「ふふっあははは!」
あの頃のように笑った。しかしあの頃のままではない。ずっとずっと成長して笑いあってるのだ。
「僕は…笑えるんだね。」
「ねぇ、ロアはロアの記憶はないの?」
「ここにあるよ。」
「私、ロアを最後まで笑わせられなかった。」
「ううん。笑ってたよ。でも苦しんでたずっとずっと。きっと大声で笑いたかったのかもしれない。」
「そっか。でも、どうしてノワールは私の話を聞いてくれたの。」
「ロアが言ったんだよ。『君はもう泣くだけの子供じゃない』そういわれて、きちんと話を聞く事ができるんだって。」
「そっか。ロアはきっとノワールに心をとりもどす勇気をくれたんだね。」
「僕は…人間に戻れるかな。」
「何言ってるの!」
アンジェはノワールの頬をつねった。
「もう、人間でしょ!ほら、その証拠に笑ってる。貴方が笑うってことはロアが笑うってことでしょう。」
そうして自然にノワールは笑った。
「いいのかい。ロア。もう後戻りは出来ないぞ。」
ハロルドはいつの間にかロアの耳元で囁いていた。ロア…ノワールはぎゅっと眼をとじて前を見据えた。
「喜びを知ってしまったから。」
ハロルドは微笑み、ロアの頭を撫でた。
「はああ!お腹すいたなあ、リリー夕飯まだかい。」
「ああ、ちょっとまって。あとお肉焼くだけだから。ノワール手伝って!」
「ああ、うん」
「一つ聞いていいかいロア。」
「何ですかマスター。」
「ノワ。マスターじゃなくていいのよ。もう貴方は人形じゃない。」
「じゃあ、ハロルド…さん。」
「ハロルドでいいよ。ノワールとロアどっちで呼べばいい。」
ロアは少し考えてそうして
「ロアはノワールですよ。」
「そうか、じゃあ、最後に名を呼ぶことになるな。ロア、今までごめん、それで…よろしく。ノワール。」
「はい!」
「ちょっとずるいわ!叔父様!私も…」
リリーはノワールの前に立ち、右手を差し出す。
「もう一度お友達になってください!」
ノワールはその手を無視して通り過ぎた。
「ノワ…。」
「もう、なってるでしょ。」
そういたずらっぽく笑顔を見せた。
「ロア!!」
「ああ、リリーおなべ吹き零れてるよ。」
「え!ああ、本当!大変。」
リリーは慌ててなべへ向かうと足を滑らせこけてしまった。その見事なこけっぷりにロアは噴出すように笑い、なんだかおかしくなって三人で笑いあった。
「あははっはは!!」
ああ、泣いて怒って憎んだり寂しがったりしながらそうしてやっと笑えるんだ。ソレこそが僕の…人の喜びなのだ―
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