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エピソード3 湯治場にて
ぬるいラドン鉱泉に見ゆるは
ステキな曲線美の背中
イタコのお婆ちゃん 口寄せしてください
加齢臭を出して盆踊りを踊るもの
草加煎餅を食べる少女
諸行無常の鐘が聴こえる
それに合わせたかのように不安な鼓動もだんだんと大きくなって行くのだった。
私は決して不安神経症ではない。
私はそんな類の人間ではないのだ。
極めて現実的で目に見えることしか信用しないただのつまらない男。
ただ疲れているだけなのだ。
何故こんなところに来てしまったのか理解はできないがこれは確かに夢ではなく現実なのだ。
それともこれが現実であると認識している夢の中にいるのだろうか?
確信が持てない。
いや疲れているだけなのだ、、私は。
湯治場の軋んだ入り口の戸を若女将が開けると湯けむりの向こうに老人たちの丸い曲線美の背中が並んで見えた。
念仏の声の正体は彼らだった。
老人たちが唱える念仏
それは
人生の結びのための祈りであり
それは人間にとって逃れようのない
死という変化を迎えるための準備
それを絶望と捉えていいのか
人間の定めなのか?
よくわからないが念仏は諸行無常の中で生きることへの救済手段なのだろう。
その老人たちの中心にはさらに背中の丸まったイタコの老婆がいた。
おそらく老人たちにあの世についてのレクチャーでもしているのであろうか?
おそらくもうすぐそちらに行くからよろしくな、、 と祖先への挨拶でもしているのではないのだろうか? とにかくまだ自分には当分は関係なさそうなので若女将に案内されるがままに廊下を進んで行った。
脱衣所と休憩室を兼ねた広間では混浴のため女性だけでなく男性も入り乱れている。
彼らの多くは盆踊りに興じていた。
そしてひとり草加せんべいを美味しそうに食べているおかっぱ頭の少女が目に入った。その子も着物姿、、おそらくこの子は一緒に湯治に来た両親を待っているのだろう。
ボクはその女の子の存在についてのアリバイを確認したかっただけなのだ。
「お嬢ちゃんいくつ、、お母さんは、お父さんはどうしたの?」
するとその子は寂しげに答えた。
「5つ、、でもずっとここで50年以上もお父さんを待っているよ。
お母さんもお父さんもまだお風呂から出てこないよ。
だから寂しいよ、、
でもこの草加せんべいとても美味しい、、おじさんも食べる?」
「いやおじさんはね、これからお米のジュース飲もうと思っているんだ。だからおせんべいはいらないよ」
すると不思議なことにその草加せんべいは少女が食べ終わると再び元の形に戻り、再びこの女の子はせんべいを食べ始めたのだった。
「あれっ?またせんべいが、、、!?
君はまたせんべいを食べるんだね。いくらなんでも食べ過ぎだよ。太っちゃわないかい?」
すると少女の言うことには「おせんべいを食べ終わるとね、、また新しいせんべいが現れるんだ。でもね、、いくら食べても美味しんだよね。
何でって、、よくわからないけどすごく美味しくて食べ終わって満足するとまたすぐにすごくお腹が空くんだよ。すると新しいおせんべいが現れてまた食べるじゃない。するとやっぱりすごく美味しくて、ずっとずっとね、、それがずっ〜と終わらないんだ。
それからね、、今までおせんべいをたくさんいただているんだけど食べ飽きたりすることも太ることも全然ないよ」
私は少女の話を聞いてるうちに現実しか信用しない人間である私は訳が分からなくなってきたので少女に「お母さんお父さんに早く会えるといいね。それじゃあ、、またね!」と逃げるように盆踊りをやっている人たちの方へと彼女の方を振り向きながらも移動して行った。
あくまで私は現実主義者なのだ。
盆踊りを終えた初老ほどの痩せこけた白髪の男が汗をタオルで拭きながらこちらに向かって歩いてきた。
ボクは彼に問いかけてみることにした。
「あなたはここで何をやっているのでしょう、、
なぜいつまでも踊り続けているんですか?」
彼は怪訝な顔をちょっとすると私の顔を見て言った。
「つべこべ言わず君も一緒に踊らんかね?
俺たちは10代の頃からずっと踊り続けているよ。
これが人生と言うものだよ」
「今はね、盆踊りなんて古臭くて若い連中は見向きもしないだろさ。だが俺たちにとっては盆踊りはね、、青春そのものだったんだ。
だからいまだにこれを踊り続けているんだよ。 この東京音頭をね、、俺の初恋の思い出なんだよ!」
昔のさ、、あの子、、憧れのセーラー服の、、思い出のあの子
、、ああっ忘れられないよ、、14才の時の初恋だよ。
あんたもわかるよね!
でもな!オクラホマミキサーだけは踊っちゃいかんよ!
あれを踊った奴らがギックリ腰になったと言う話しはときどき聞くが、あれを踊ってカップルになったという話は聞いたことがないんだ、、、」
彼はその後もウンチクやら持論を並べたて一方的に話しかけてきたため、私は雑音や興味のない話しにはウンザリしていたのもあり、彼の話に耳を傾ける余裕はなくなってしまった。
それにしてもいったいここはどこなんだ?
時の流れと共にすべては過ぎ去りぬ。
そしてそこにはやがて新しきものが産声をあげる 。
かっての栄光は今もまたその残り火を維持しようとするが
未来への希望が翼を失くす代わりに何故だか過去は子宮の如く温かい
しかし過去とは己の幻影でありその囚われ人になることは人生を無駄に過ごすということ
古きを手放せば過ぎ去りし日々は輝きに満ちたものになるだろう
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