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エピソード6 生贄アイドル
宴会場では生贄の準備が整った
だがここは僻地
いまだに割礼の習慣が残っている
そこでボクは何とかここから逃げ出そうとしていた
どうにか出口を見つけ出さなければと
やがて朝になり誰かが部屋の扉を優しくノックする音がした。
そのノックの音でこの高層ビルでの奇怪な夢は突然寸断されここは旅館の客間であるという現実に引き戻された。
若女将が部屋まで私を迎えに来たのだ。
先ほどの夢の高層ビルの出来事にも増してここカリフォルニア旅館はさらに現実離れしているように思えた。
きょうは宴会場で何やら特別な祭典が執り行われるようだ。
ここではその祭典のことを「生贄」と呼ぶ。
私はこの過去の因習を思い起こさせる生贄という言葉に何故か郷愁を感じてしまう。
おもしろい出し物や新しいニュースにはいつも先んじて首を突っ込む方なのだ。よく友人からは好事家と言われることが多いが人前で言われるとあまりいい気分ではない。
「マッコイ!おまえみたいな奴のこと、、なんたっけ?確かディレッタントとか好事家とか言うんだよな!」
好事家とはクリエーティブというよりはマニアックとか無駄なことをする暇人とか趣味人いった感じに思われてしまう。何よりも自分の行動や習慣をディスカウントされてしまうのは気分がいいものではない。
「生贄」と言っても人を焼いて殺して食べそうな人物はここには全くいないように思える。「生贄」とはおそらく単なる余興なのだろう。
「 しかしちょっと待てよ!
ここは埼玉県、、しかもまだ肥溜の香りのする因習の深い片田舎」
「噂だがあることをふと思い出したぞ!
少し冷静になろう。
さっき見た夢は好奇心にかられ後先も考えずに首を突っ込んでしまう己への警鐘かもしれないのだぞ!」
そして事実!いまだ日本の埼玉県の一部の地域では「割礼」の風習が残っておりそれを「生贄」と呼んでいてひみつの儀式を行うというのを聞いたことがあった。
マッコイは不安を消すことができなかった。
若女将は微笑みながら私に言った。
「きょうの生贄の当選者はあなたですよ。さあ宴会場までご案内いたします。」
私は若女将に案内されるがままに宴会場に到着し着席した。大きく開けた300畳ほどのスペースに老若男女が音楽に合わせて踊っている。
「ドーピス」という聞いたことあるようなないような4人組の少女たちがステージの上で歌い踊りはじめた。
朝の夢に出て来たのは腹の出た偽郷ひろみだったがここではアイドル4人組。
この目の前の現実は正夢とは言えないものの夢との整合性はあるようだ。
確か久米川ひろしと黒柳田鉄子司会の人気番組「真夜中のヒットスタジオ」で何度か見たことはある沖縄出身の少女グループのようだが歌番組には詳しくはないのでよくわからない。でもやはり普通のアイドルとは明らかに違う。
アイドルにしては明らかに怪し過ぎるし不気味な感じだ。アイドルというよりは亡霊にしか見えないが会場に集まった人々たちには普通のアイドルにしか見えないのだろうか?
彼女らの後ろには鬼火のような怪しげな何かが揺らめいているのが見えた。
アイドル流の決まりきったようなトークが始まった。
「みなさん!
お忙しいところドーピスのライブに集まっていただきありがとうございます」
「私たちはとっても幸せです!」
グループのリーダーのような女の子が笑顔で会場にいる人々に話し続けた。
「さあきょうも生贄に当選された方がここに今来ています。みなさんで祝福しましょう!」
これから歌うのは私たちの新曲で🎵
「ようこそカリフォルニアンナイトナイト」
彼女たちはリズムに合わせて踊りながら歌い始めると、、
歓声が上がった!
「ようこそ!
カリフォルニアンナイト
カリフォルニアンナイトナイト
カリフォルニアンな夜は踊って歌って最高だから恋心も盛り上がっちゃう!
青春は一本道〜
人生も一本道〜
2度と戻ることのできない片道切符で私たちに出逢ってお願いだから〜
もう戻れない
あなたはもう2度と戻れない〜
あなたは永遠に戻れない〜
さあ、生贄の儀式で新しいあなたの故郷へようこそ
あなたはもうあの欲望に満ちた狂気の世界には二度と帰れない〜あの失望の街には永遠に戻れない、、」
彼女たちは楽しそうに踊りながら歌っている。
しかし何故あの街や世界には戻れないのだろうか?
「生贄」イコール「割礼」
もしこの後行われると言われている割礼を受けたならば本当にもう二度と都内には戻れないということなのだろう。いや都内だけでなく日本社会にも戻れなくなることを意味している。
つまり永遠にここ「カリフォルニア旅館」の住人になってしまうのだ。
この郷愁に満ちた世界に永遠に住み続ける存在に、、
それはある意味で安住の地かもしれない。
確かに居心地がいいかもしれない。
バブル崩壊の失望はもう味合わずに済むのだろう。
そして離婚の孤独や惨めさも感じなくなる。
そして危険もない。
人々はみな優しい。
お金の心配をする必要はない。
料理はどれも美味しい。
ぬるい温泉に気持ちよく浸かり続けるような居心地のよさがある。
しかし未知への不安や恐怖とか、不満がない代わりに無限の可能性へとチャレンジするような若々しさや新鮮なスリルは失われてしまう。
優しさとか郷愁に浸る人生とは本当は哀しい生き方なのかもしれない。
彼女たちはみんなのアンコールに答えて最後の曲を歌い終わるといつの間にかどこかへと消えて行った。
宴会場にいた老若男女がボクの方を笑顔で一斉に振り向いた。
ついに割礼の儀式が始まるのだ。
「ようこそ私たちの世界に
ようこそカリフォルニアへ
毎日ラドン鉱泉に浸かって素敵な毎日
もう会社や学校に行く必要はない
素敵な若女将ともいい仲になれるかも
もっともっと
永遠に永遠に
この温もりの中に
この夢の世界に
ようこそカリフォルニアへ」
大勢の人たちが手に奇妙な形をした金属製の器具を持ちながらニコニコ顔で迫ってくる。
彼らから手術でも受けるのだろうか?
ボクは恐れと抵抗のあまり後方にたじろいだ。
みんなにこやかだが実は洗脳されているのだろう。
それとともに、、
何で恐れてるの?
受け入れてしまえばとっても楽になれるのに、、、ぜんぜん痛くないわよ。
会場に広がる住人たちの持つ怪しい空気感がコトバとなってじわじわと押し寄せて来る。
いや!この声はあくまで自分自身の想像であり単なる思い込みにしか過ぎないのかもしれない。
私は混乱していた。
そう言った類のものといえばネットワークビジネスや新興宗教、自己啓発セミナーの類を思い出す。
しかしそれとも明らかに違う。
あの手のビジネスの裏側にはお金や男女関係に関する下心や意に反したような同意や義理といったものを感じてしまうのだが彼らにはそれがないようにも思える。
若女将もにこやかに佇んでいた。
若女将も含めて多くの人たちには何の裏の顔も持たないように見える。じっくり観察しては見たものの何の疑問も持たない純粋な表情の人々という感じにしか思えない。
ボクは入り口の前にたたずむ若女将を方を振り返った。
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