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エピソード7 イタコと背中の曲線美
迷ったがもう前に進むしかない。
若女将にはお世話になったという思いがあるのも確かなのだが、、、
「すみません由紀子さんいや女将さん!
もっともっとここにはいたいのです、、
それは愛着があるぬいぐるみを抱き続ける子供のようで離れ難いものなのです。
しかし、、
ここは私のいるべき場所ではないような気がしているのです。これから急いで都内に戻ろうと思います。残してある仕事もまだ片づいていませんのでそれが気がかりなのもあるのですが、、」
間を置いて彼は続けた。
「ここは郷愁に満ちた愛着のあるステキな場所です。でも私は先に進まなければなりません。自分はもうさほど若い訳でもないのですが愛着あるぬいぐるみよりも新しい何かを選択したいのです。
たとえ失敗したとしても疲れ果てたとしても、この現実という荒地を旅して行きたいのです。この不思議に満ちた旅館に滞在できたことに感謝いたします」
若女将は対応に困ったように無口だった。
するとラドン鉱泉の中から聞こえてきていた念仏の声が突然止んだ。
老人たちの念仏の声が止むと次第にすべては薄暗く鎮まりかえって行った。
そして鉱泉の中で老人たちに口寄せをしていたイタコが口寄せを終えたのだろうか浴室から出てくるのが見えた。
そのイタコの婆さんが背後に持つ曲線美は全くのシュールとしか言いようがない。
まるでメルセデスベンツのボディラインをなぞったような曲線美の背中。
お婆さんは優しかった。
そしてこちらの心を察したかのように優しく微笑みながら私に言った。
「あなたがここで割礼の儀式を受けずにこの旅館を去ったのならもうここに戻りたくとも戻ることは出来ないでしょう」
「でも安心してくださいね。
故郷はいつも心の中にあるものです。
ここのことはすべて忘れてもかまいません。
いいえ、あなたはすべて忘れてしまうでしょう。
私どもは永遠にここの住人なのであなたのいる都内へ遊びに行くこともできません。
あなたの本当の故郷を見つけてくださいね」
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