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夜もとっぷり暮れた町の中を歩く。
今日は頂点を超えるかと思っていたが、なんとかキリのいいところまで終わらせた。今から愛菜の部屋へ顔を出しておけば、面目も立つだろう。メッセージアプリに届いていた「待ってる」という言葉を無視すれば、面倒なことになるに違いないのだから。
小綺麗なマンション、下から見上げると愛菜の部屋には電気が灯っている。
エレベーターを使って上がり、部屋の前へ辿り着く。
インターホンを鳴らして名を呼ぶと、扉の向こうで慌ただしい音が聞こえてきた。小さく響く愛菜の声に、他の声が混じっている。
返事を待たず、扉を開けた。
不用心にも鍵のかかっていないそれは苦もなく開き、入口からまっすぐ伸びた短い廊下の先には、愛菜と金髪の男がいた。
「なんだおまえ」
「や、待って、違うのヒロくん。あの人は大学時代の同級生で」
「付きまとわれてるのか」
語気の荒い金髪男が愛菜につめより、対して彼女はあわあわと狼狽えている。それを見て寿宏は、脱力した。
ああ、つまり、あのメッセージは誤送信だったのだ。寿宏ではない「ヒロくん」に送ったつもりだった。
もういいや。自棄になって口を開く。
「ヒロくんですか? どうも、僕もヒロくんです」
「んあ?」
「たぶん、もう一人いますよ、ヒロくん。それが本命かな」
最近忙しくて相手をできないから、新しく作った「ヒロくん」がこの金髪くんだろうと踏んで、寿宏は口の端を吊り上げる。
どういうことだ。
違う知らない。
騒ぐふたりを放置して、部屋を後にする。
エレベーターは上階にあって降りてくるのに時間がかかりそうだったので、階段を使うことにした。背中越しに聞こえる喧嘩の声に反応する気はない。
廊下の端にある階段に足をかけたところで、ドンとなにかが背中を押した。
「あんたのせいで!」
悲鳴のような声が響きわたり、寿宏は体勢を整えようと身体をひねる。
視界の隅に、髪を振り乱した般若の形相の愛菜が見えた。廊下を照らす光が、流星のように視界を走る。そして夜空。
目が眩んだ。
寝不足の身体はやや貧血気味で、うまく動かない。
衝撃に備えて目を閉じる。訪れた暗闇。まぶたの裏にチカチカと光が舞った。
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