二便

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二便

「ありがとうございました」  宏夢は目の前の年配の女性に言った。  近くの会社の従業員と、筋向かいの病院帰りの人や見舞いの客で昼の間は息つく暇もない。いつもは混んでいない夕方前に来る近所のおばあさんも、この時間にお茶菓子を買いに来た。 「はいはい、またね」  そう言って小さな巾着袋にお買い上げシールを貼ったきんつばを一つ入れてゆっくりと出入口に向かう。 「俺もなんか甘いもん食いたくなった」  よく来る若い会社員がレジ前の和菓子を悩みだすのを見て、宏夢は彼に声をかけた。 「ちょっとすみません」  カウンターから出て、おばあさんに追いつきドアを開ける。 「あらあら、ご親切に」 「マサエさん、気をつけてね」  にこやかに微笑んで見送り、すぐにレジに戻った宏夢は客の相手を始めた。 「お待たせしました」 「あ、じゃこれもお願い」  中華弁当と烏龍茶の他に栗饅頭をチョイスして後ろの同僚に「ジジイか」と突っ込まれている。 「美味しいですよね、俺もよく買います」 「なー、ほらうまいんだって」 「栗羊羹と悩みますけど」  じゃ俺はこっちかな、と後ろの同僚はひとくちサイズの栗羊羹に手を伸ばす。 「お前も買うんかい!」  突っ込み合いに宏夢も笑い、隣のレジから店長がグッジョブと親指を立てる。  一時半が過ぎて昼のピークも落ち着いた。宏夢がバックヤードから冷蔵庫の飲み物を補充して出てきたら、店長が宏夢をカウンターに手招きする。 「ねーねー、杉浦くん。和菓子もう少し多めにとろうか、種類も増やしてさ」  先程のことで商機を見たのか、発注用の端末機を手にしている。 「ダメですよ、店長。この間プリンでそれやって大変だったでしょ」  五年前に酒屋からフランチャイズのコンビニのオーナーになったものの、未だにどんぶり勘定で、最近では春からバイトを始めて半年の宏夢が仕入れのチェックもしている。 「そうかなあ」 「さっきのはマサエさんのおかげでしょ」  まあ、やめとこうかと呟きながら店長が意外なことを言う。 「あのおばあちゃん、杉浦くんのファンだもんね」 「へっ?」  手薄になった揚げ物コーナーのからあげをフライヤーに入れていた宏夢の手が止まる。 「気づいてない?いつも杉浦くんがいる時に来るだろ?」 (それはそうだけど……、今日も空いてる時に来たらって思ったし) 「色んな時間に来るよ、でもきみの自転車がないと帰るもんな。息子さん県外に住んでて、あんまり会えないって言ってたから孫みたいに思ってるのかな」  一人で寂しいよね、と店長がしみじみ言う。 「他にも若い子いるけど、杉浦くんはお客さんに親切だから。実家がお店してるんだよね、客あしらい上手いし」  宏夢は正直複雑だ。実家の食堂を手伝いたくなくて、県外の大学を受験して二流大学に一浪して入った。実家からの仕送りで足りずに始めたバイトで接客業が向いていると言われるとは……。  腕時計を見るともうすぐ二時、上がりの時間だ。半端にならない作業をと宏夢が思っていたら、店の電話が鳴り店長がすまなそうに裏のドアから顔を出す。 「ごめん、咲ちゃん遅れるって。延長よろしく」 「はあ、いいですけど。明日は一限目から授業ですからね」  次のシフトの咲子はファストフード店でも働いている。そちらの店の交代のバイトが遅れるようだ。 「わかってるって。学生さんは学業が優先だもんな」  今日は朝イチから入っているのに、と恨めしそうにもう一度時計を見る。ちょうど二時だ。 (二時……?)  何か引っ掛かりを覚えたが、宏夢は公共料金の支払いに来た客の相手を始めた。  一時間後咲子は愛用のスクーターで無事到着し、お詫びにとペットボトルの麦茶を宏夢に渡した。礼を言って受け取り、お茶を飲んでユニフォームの前ボタンに手をかけた途端、昼前のつなぎの彼が二時から現場だと言っていたことを思い出した。  二人にお疲れ様と言い、着替えもせずに慌てて店の裏の駐車場に行く。まさかと思ったが、彼は機材を積んだ車の中で寝ていた。  宏夢はつなぎを腰のところまで脱いだ彼のティーシャツ姿にどきどきしてしまう。 (ああー、その胸に抱かれたい。シートを倒してこの狭い車内で……ってダメダメ、今はそれどころじゃないだろ)  一時間も遅刻して彼はすごく叱られるはずだ。会社から連絡があったのにスマホの電源を切っていたのだろうか。  寝顔が幼く、ある朝彼の部屋で「おはよう、お寝坊さん」と声をかける妄想が進みそうになったが、なんとか現実に戻った宏夢は車の窓を両手で叩いた。
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