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一便
「いらっしゃいませ」
県道沿いのコンビニエンスストアに来店のメロディーが鳴り、カップラーメンのコーナーで品出しをしていたアルバイトの杉浦宏夢が客に声をかけた。
(あ……あの人だ)
屈んでいた体勢から立ち上がった宏夢は、つなぎ姿の若い男性を見た。
自分のシフトの時のことしかわからないが、よくお昼や夕方に弁当を買いに来ている。壁の時計を見ると、十二時前。
「今日はいつもより早いな」
身長は百八十センチ弱、店の出入口の強盗がおきた際、犯人の身長の目安用に貼られたカラーテープで確認済みだ。
だが宏夢は彼が犯罪をしそうだからチェックしているのではない、あっさりした顔も細マッチョな体つきも、超好みなのである。
(うわー、今日は袖まくりしてる。浮いた血管イイー)
そう。周りのみんなには隠しているが宏夢はゲイだ。といっても二十歳の今まで男性とつき合ったことはない。妄想では抱きしめられたことのある彼の買い物かごを持つ腕を凝視しつつ、バックヤードに段ボールをたたみながら入った。
棚の上のタバコのカートンを背伸びして取った宏夢はレジに向かう。周りには身長百七十センチと言っているが、本当は百六十八センチ。今年一浪して入った大学で身体測定した時に、高校時代より五ミリ縮んでいていてショックを受けた。浪人生活で疲れたせいだろうか。
少し丸顔で、手入れをしていないやや太めの眉と、子供の頃からの短髪のせいか歳より若く見られる。
「杉浦くんレジ代わって」
「はい」
六十代の店長が宏夢にそう言いながらユニフォームを脱ぐ。表の喫煙コーナーで昼のピークが来る前に一服するのはいつものことだ。
レジに背を向けて宏夢がタバコのケースに補充していると、カウンターにかごを置く音がした。振り返ると例のつなぎの彼が立っていて黙っている。
「い、いらっしゃいませ」
宏夢は昔から好きな人と話す時に緊張するタイプだ。中学のサッカー部のクラスメート、高校のバドミントン部でインターハイで優勝するほど強かった上級生。片思いの相手から声をかけられると、つい固くなって変な受け答えをしてしまう。
毎日のことで持っていないことはわかってはいるが、「ポイントカードお持ちですか?」と聞きながら目の前の客の顔を上目使いに盗み見る。
「いえ」
そう言って小さく頭を振って揺れる無造作に伸びた髪、切れ長の目、それに機械油とペンキと汗の臭い。どれも宏夢の大好物だ。
(男臭、ごちそうさまです!)
二つ折りの財布を出す関節の太い手を見て、ペットボトルの麦茶のバーコードをスキャンしながら宏夢は心の中で叫ぶ。
(あの手に捕まれて、誰もいないバックヤードに連れ込まれたいー)
そして一畳ほどの腰高で上から開けるタイプの業務用冷凍庫の上で押し倒されて……と妄想が始まった。ベルトに付けた車の鍵を見て、車に押し込まれるのもアリだなとわずかな時間に頭の中は大忙しだ。
(だめだ、仕事仕事)
「こ、こちら、温めますかっ?」
やや間があって彼は答える。
「……あ、いや、いいっす」
宏夢が自分の手元を見ると、もうシーズンも終わりの冷やし中華が握られている。
(うわー、やってしまった)
「でっ、ですよね。失礼しました」
会計を済ませ、商品を受け取った彼が何か言いたげにしてくる。
(まさか俺に愛の告白?なんて)
「車で寝ていいすか?」
「えーーっ!そんなこといきなり言われても」
「だめすか?二時から現場なんで時間あるから、仮眠とろうかと思って」
(あっ、そう言うことか。ひえええー、何考えてんだ俺)
宏夢は自分の都合のいい解釈に赤面する。
「……いえ、どうぞ。店の裏使って下さい」
高速のインターチェンジが近く、長距離運転の客のために店舗の西側には大型車用の駐車場がある。店の前も十分広いが、今から昼の客のピークで出入口付近をあけておきたい。それに、仮眠をとるなら少しでも静かな方がいいだろう。
宏夢は自転車通勤だし、次のバイトはスクーターだ。今は店長の車しか停まっていないからと裏手を勧めた。常連の営業マンも時間調整に使うこともある。
「ども」
小さくお辞儀して、マイバッグを持たない彼は、お茶と冷やし中華と菓子パン、箸とおしぼりを手に店を出て行った。入れ違いで店長が戻り、間もなく昼のピークが始まった。
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