私の子供は

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幽世の女は、すぐに教会を飛び出した。しかし周囲に人間の気配はない。急いで街の中心へ向かうが賑やかな祭りの最中、魑魅魍魎と人間の入り乱れた喧騒の中で先程の女は見当たらなかった。そして騒がしい雰囲気に 「ひっぐ…うわああああああん!!」 子供が目を覚ましてしまった。一向に泣き止む様子のない子供に、女は、一度幽世に戻ることにした。 幽世に戻った女は、改めて子供を見ていた。女は人間を嫌い、これまでほとんど関わること無く過ごしてきた。当然、人間の子供など見たことがない。まして育てた経験など皆無だった。ひとまず魔法で眠らせた子供を観察していく。性別は女。大きさも赤い髪の色もほとんど同じなようだ。今は眠っているので分からないが街中で泣き出した時に見た目の色は青。あの子は緑だったが外見で大きく異なる所はそれくらいだった。しかし一番異なるのは──魔力の有無、だった。 幽世の女が産んだ子供は、女が自分の跡を継ぐ存在にするべく魔力を注ぎ込んで産み落とした子供だった。見た目は人間と同じようにしているが、いずれ成長したあかつきには現世と人間に災いをもたらす存在に育て上げるはずだったのだ。しかし今目の前で静かに眠るこの子供に魔力はない。当然だ。ただの人間なのだから。 女は考えた。今の自分は子供と出産のために魔力をほとんど使い果たし、もう一度現世に行くことは難しい。それならば、この人間の子供を次の収穫祭まで代わりに育て、一年後、また魔力が戻った時に現世で入れ換えるのはどうか、と。それまでにこの人間の子供にも不幸をもたらす呪いでもしておけば、現世に戻した時に効果があるだろう。 同じ頃、現世の女は逃げ帰った自宅の小屋で一人、布の色が違うことに気付き、慌てていた。しかし、教会や街を探しても先程の女は見当たらなかった。そもそもそれほど大きな街でもないこの街で、彼女のような女性に出会ったことはなかった。もしや収穫祭に来た遠方の旅行者かなにかなのでは?そうするとまた会えるかどうか──不安にかられていると、 「おや、よく寝てるね。」 「あなた……」 寝室に夫がやってきた。だが彼は気付いていないようだった。 「こんなに可愛い子に出逢えて僕達は幸せだね……そう思わない?」 「ええ、そうね……幸せだわ」 「これからこの子がどんな風に育つのか、本当に楽しみだ。この子を産んでくれて心から感謝してるよ。ありがとう。」 慈しみに満ちた彼の瞳に嘘は無かった。だからこそ女は覚悟を決めた。 ──この子を、代わりに育てよう。
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