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 寒い。  すれ違う人々が私をふり返る。誰もが当たり前のようにコートやダウンジャケットを着ていた。  美人だった私は人の視線には慣れていた。どうして過去形かと言うと。    雪が降り始めた。積もるやつだ。雪を恐いと感じていた。日本の住宅街で。  私はコートを持っていなかった。感覚が麻痺してるけどかなり目立つ服装だった。学校の制服。紺のブレザー。地味だけどありふれたデザインだとは思う。だけどそれがこんなに寒い中でコートも着ないでそれに爆撃でも受けたようにボロボロになってたら目立ちもする。私をふり返る視線の意味がここ1年でかなり変わった、スカートの裂け目からパンツ見えてたし。  私は学校で蹂躙を受けて帰る途中だった。  軍や歴史関係の本は蹂躙という単語をよく使う。難しい字だから印象に残ってるだけかな?家に帰ったら本を漁って確かめたいけど出来ない。ある日、家に帰ったら部屋の物が全部消えていた。あの時の衝撃は窓から落とされる時よりも何倍もあった。  これが断捨離か。テレビはロクなことを言わない。だけど冬になると新聞紙は本当に助かる。肌着代わりにすると寒さもしのげる。靴もないから靴下の代わりにして雑巾をゲートルのように巻いていた。ミリタリーマニアとしての知識がなかったら塹壕足になるところだった。  よく警察呼ばれないな私。誰もが面倒事は避けたい。  例え私が強制収容所から逃げ出して来たような格好でも。  私可哀想でしょ?みたいなのは好きじゃないけど今どんな格好か隠すのも良くないかな。  制服がボロボロだけど鞄や教科書は無傷だった。イジメられっこって教科書や机に呪詛を書かれるものだと思ってたけど。今は私の見た目の話だった。正直恥ずかしいけど腰まで伸ばしていた髪は切られたり燃やされたりで惨めなことになっていた。  それに顔も鏡を見る度に泣きそうになるけど骨と皮だけになっているし今は左目にも痣がある。その左目はここ1ヵ月ぼやけていた。  もうひとつ実を言うと歩いてるうちに鼻血が出て来て片手で鼻を押さえて下校していた。絶対におかしいから病院に行きたい。  顔が骨と皮だけになってると言ったけど体の方もそうなっていて戦争の記録で見たちゃんと食べ物を食べれない人みたいになっていた。あれを見た時は酷い時代だったんだなと他人事だったけど私は痣とか火傷もあるからもっと酷いかも。  まあ自分の環境が戦時中より酷いとか思いたくはない。  中学生の時は美人で男子とよく話した――ミリタリーマニアとしての同志は貴重だったから意地でも交流は持った――それが気に入らなかったらしくずっと無視されてたけど今は美人じゃなくなったから助けてくれるかな?  弱気になるのは良くない。  今は公園のトイレを目差していた。汚い話だけど実は吐き気が限界だった。昨日は道端で吐いてしまったけど今日は無事にたどり着いた。  個室に急いで入って扉を開けたまま胃の中身を吐いた。心から死んだ方がマシだと思える瞬間だった。
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