異常事態

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異常事態

 東海珠乃は新人ながら真剣に仕事をこなしていた。ときめきながら珠乃を目で追う俺。会えた喜び、珠乃の一挙手一投足に胸がしめつけられる。その言葉は甘い声となり胸に染み込み、その手は身体中を幸福感に包む。看護師、東海珠乃は見た目は地味であった。黒淵眼鏡が更に地味に拍車をかけている。が、輝いていた。内面の美しさは表面に現れる。その美しさを見抜けないと珠乃には目もくれない輩が多いだろう。と俺は思う。普段の会話に時折顔を出すS加減もよかった。俺は珠乃の虜である。    スクリーンにはキスシーンが映る。 それを観る私はそっと彼女の手に自分の手を重ねる。彼女は私の手を強く握る。真っ暗な中、彼女の視線を感じた。横を向くと彼女は私を見ている。瞳が潤んでいる。果たして映画の感動なのか、私への20年間の思いが溢れているのかはわからないが、私も彼女を見つめる。彼女に顔を近付ける···彼女も顔を近付ける···唇を合わせる直前に咳払いが聴こえた。  すっと元の位置に戻る。 顔が真っ赤になってるかもしれない。 「佐伯さん、さっき観たんですよね···ごめんね」 珠乃は囁く。私は気にしなくていいよと答える。ソラリスの外で珠乃と再会を果たした私は珠乃とソラリスで映画を観ることにしたのだ。  突然、サイレンが鳴った。 「火事です。映画館職員に従って逃げてください」 館内放送が鳴る。  シアターから人々が出てきてエスカレーターの前でパニックになっていた。 叫び声や悲鳴が聴こえてくる。 ただの火事じゃない気がした。  ようやくエスカレーターをあとちょっとであがるというところに黒い服をきた何か四角い大きな機械をしょいこみホースから炎を出している男がいた。人に向かって火を放つ異常な光景が目の前で繰り広げられている。 「エレベーターに戻ろう」 私は後ろを向くとさほど人はいなかった。珠乃の手をしっかり掴み流れに逆らう。  エレベーターの前まで戻る。「降りてきたぞ」と悲鳴が聴こえてくる。炎はソラリスを燃やしていく。  救急車やパトカーのサイレンが高らかに聴こえてくる。男はエスカレーターを下がっていきながら火を放つ。
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