3人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
僕は今年で二十歳になった。
キエは僕の嫁になった。
僕は毎日運送会社で働いた。必死で、必死で、そして、日曜日になると、龍神様のところに行った。
昼、僕はそこで日本酒を飲んでいた。神社の小さな境内で。
キエを連れて。
キエももちろん僕に霊感があることを知っている。
そんな僕を愛してくれた。
キエは酒を注いでくれた。今日は四月。山桜が非常に美しい。まるで寺の煌びやかな屏風のように、爽快だ。
キエは僕と駄弁する。
そして時折、僕は龍神様に話しかける。その姿は、はた目から見たら異様かもしれない。
「なあ、馬鹿に美しい桜だなあ、キエ」
「ええ。でも、昔から、こんなところに来てたのね、あなた」
「うん。まるで、白痴だ。一人で喋っているのだから」
キエはふふ、と笑った。
龍神様が口を開く。
「ちょっと待ってろ」
僕は会釈する。
「何て言ったの?」
「待ってろ、だって」
すると、天空一杯に桜が散りだした。
そして夕刻が近づき、地平線で太陽が燦然と輝き、異様な光を永遠の照射のように放つと、そこから、龍がおどろおどろしく現れ、そこに女性が乗っていた。
「ああ美しいな。僕の見ている光景を見せてあげたいよ、キエ」
「いいえ、あなた、私にも見えているわ。獰猛な龍の上に載っている、綺麗な女性を」
そうなのだ、キエも見えていた。
龍の鱗は黒く、ぎらぎらと輝き、太陽が反射していた。虎のような牙を持ち、馬の鬣のように気高く、その神秘的な光景に、僕は愕然とした。
そしてゆっくりと近づいてくる。
女性が。
そして口を開く。
「ねえお兄様」
「これは幻か」
「私は龍上観音として、悩める人に智慧を与えています。お兄様、いつもありがとう。上から見ているよ、ずっと、ずっと」
龍神様が口を開く。
「二十になったら、教えるという約束だったな。見せてやった。世界の神秘を」
そう言って、龍と妹は、夕刻の太陽に消えていった。
僕たちは意外と落ち着いていた。
まるで神秘が日常になる瞬間であった。
「なあ、キエ、妹は仏になったのだな」
僕はそう言って、酒を飲み、涙を流していた。
キエはそっと僕の肩に寄りかかり、僕のコップを指でいじっている。
最初のコメントを投稿しよう!