龍神

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 僕は今年で二十歳になった。  キエは僕の嫁になった。  僕は毎日運送会社で働いた。必死で、必死で、そして、日曜日になると、龍神様のところに行った。  昼、僕はそこで日本酒を飲んでいた。神社の小さな境内で。  キエを連れて。  キエももちろん僕に霊感があることを知っている。  そんな僕を愛してくれた。  キエは酒を注いでくれた。今日は四月。山桜が非常に美しい。まるで寺の煌びやかな屏風のように、爽快だ。  キエは僕と駄弁する。  そして時折、僕は龍神様に話しかける。その姿は、はた目から見たら異様かもしれない。 「なあ、馬鹿に美しい桜だなあ、キエ」 「ええ。でも、昔から、こんなところに来てたのね、あなた」 「うん。まるで、白痴だ。一人で喋っているのだから」  キエはふふ、と笑った。  龍神様が口を開く。 「ちょっと待ってろ」  僕は会釈する。 「何て言ったの?」 「待ってろ、だって」  すると、天空一杯に桜が散りだした。  そして夕刻が近づき、地平線で太陽が燦然と輝き、異様な光を永遠の照射のように放つと、そこから、龍がおどろおどろしく現れ、そこに女性が乗っていた。 「ああ美しいな。僕の見ている光景を見せてあげたいよ、キエ」 「いいえ、あなた、私にも見えているわ。獰猛な龍の上に載っている、綺麗な女性を」  そうなのだ、キエも見えていた。  龍の鱗は黒く、ぎらぎらと輝き、太陽が反射していた。虎のような牙を持ち、馬の鬣のように気高く、その神秘的な光景に、僕は愕然とした。  そしてゆっくりと近づいてくる。  女性が。  そして口を開く。 「ねえお兄様」 「これは幻か」 「私は龍上観音として、悩める人に智慧を与えています。お兄様、いつもありがとう。上から見ているよ、ずっと、ずっと」  龍神様が口を開く。 「二十になったら、教えるという約束だったな。見せてやった。世界の神秘を」  そう言って、龍と妹は、夕刻の太陽に消えていった。  僕たちは意外と落ち着いていた。  まるで神秘が日常になる瞬間であった。 「なあ、キエ、妹は仏になったのだな」  僕はそう言って、酒を飲み、涙を流していた。  キエはそっと僕の肩に寄りかかり、僕のコップを指でいじっている。
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