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アンタかい、こんな枯れた老爺に会いたいだなんて奇特なやつは。
ふむ、諸国を旅して不思議の話を集め、それを本にしている、と。ああ、その本なら知っている。俺は読んだことはないが、妻と娘はアンタの本の愛読者だよ。俺は字が読めないんだ。この江戸に流れ着いたとき、それで結構苦労した。
山多村のことを知りたいんだったな。――兄貴からの紹介だ、しらばっくれることもできまい。しかし今更、数十年も前に住人全員が逃散した村の話など聞いてなんになる――あそこは空籾の稲ばかりが生える、呪われた村だぞ。
ふぅん、旅先で山多村について聞いたのか。それで詳細を知りたくなったと。兄貴からは聞けなかったのか? なるほど、触りぐらいは聞けたが、俺の方が詳しかろうと。
全く、体よく押し付けられたな。いや、間違いではないさ。
いいさ、もう時効だろう。俺の生い先も短い。最後に長年胸の中にしまいこんだ、あの話を吐き出すのもよかろうさ。
ただし一つだけ約束してくれ。あんたも知っての通り、俺は逃散者だ。あのころの山多村の住民全員が、村から逃げ出した…その中の一人。
本来、百姓が自分の土地を捨てて逃げることは重罪で、見せしめの上処刑されるのが習い。今の家族は俺の事情を知らんのだ。だから俺の素性を誰にも話さないでくれ。それが、山多村のことを話す絶対条件だ。
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