空籾の嘲笑

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 しかし、俺や兄貴をよく見つけ出せたものだ。  うん? 兄貴を見つけたのは偶然か。北陸道の旅籠で対応してくれた番頭が、向こうの方言だったから…試しにかまをかけたら吐いちまったんな。兄貴はあの一件以降、なにごとにもびびり癖がついちまってなぁ。  もう、あの村の住民で生き残っている奴も少ないだろう。俺も歳をとった。病でな、医者には残り一か月の命と言われたよ。まあ、だからあんたにこの話をしてやろうとも思えたんだが。  ん、俺たちも自分たちの田んぼに贄を捧げようと思わなかったのかって? 百姓にとって、土地を失うことが身を切るよりも辛い事なら、悪行でも稲を実らせる方法が解っているのだから、それを試そうとは思わなかったのか…と。  は、は…。なるほど、あんたが懸念しているのは、俺たちが赤い米を食っていないかってことだな。俺たちも墺村の与一みたいに土地の障りを受けていて、そんで、死んだら空籾になってその土地を穢す。  確かにあれと同じものが江戸や周辺の田畑に降り注いだら…この地の食の流通は一気に滞るなぁ。そうしたら、きっと俺たちが経験した大冷害の時とは比べ物にならないぐらい、人が死ぬんだろう。ふ、ふふふ…ふ。  安心しな。  だいたい、赤い米を食べたぐらいで籾になるってんなら、年貢として納められたはずの赤米を食べた、扇田藩の上の連中は今頃どうなってる? それに山多村の逃散した連中だって。  ん、やっぱり食べたのかって? 誰かを贄にしたのかと。  む…? 俺たちは贄が役人である必要がないと知っていっているはずだと。俺たちが与一から聞いた墺村の話では役人だけが犠牲になっていた。百姓でも贄になりえると知っていたのはなぜか…。  凄い顔色だぞアンタ。  しかし、そんな話を俺はしたかね?   ああ、そうか。兄貴から触り程度は聞いているのだったか。本当にあのびびり。  ま、想像に任せるよ。  そうだな。きっと籾になるにはなにか条件がいるんだろう。例えば墺村の連中が長年田んぼに埋めた恨みつらみのような。あるいは妬み、か。  俺はどうなのかって? ふ、ふふ。  ――ああ、そうだ。  こうして話したんだから、約束はちゃんと守ってくれ。  本にするのはいいが、俺が逃散者だということは誰にも言うな。いまさら周りから軽蔑の目で見られるのは絶えられない。妻子にだって、ずっと話さなかった。俺はようやくこの地で落ち着いているのだから、それを失いたくはないんだ。  せめて俺が死ぬまで。  必ず…必ず隠し通しておくれよ?
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