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起こり
1
逆さまの世界が見える。黄昏の海は真っ赤に染まり、波は押し寄せては、すーっと白い糸を残して退いていく。久遠凍砂は浜辺に仰向けに横たわっていた。ややあってぐるりとうつ伏せになると、両手を付いて起き上がる。
辺りを見まわしても人影は見えず、ひっそりと物寂しげな潮騒が聞こえてくるだけだった。
凍砂は身体についた砂を払い、海を見て眉をひそめた。
(血の色みたいだ……)
――と、その時。突として嘔気に襲われた。顔を歪めて、屈み込み嗚咽を漏らす。何も出てこないが、とにかく気分が悪い。気息を荒げながら面を上げると……。
「誰?」
視線をつっと横にずらすと刹那、少女が浜辺に佇んでいるのが見えた。だが、瞬きをすると忽然とその少女の姿は消えてしまう。凍砂は幻でも見たのかと思った。――気付くと、今しがた襲われた嘔気はすでに治まっていた。
(なんだか誰かに似ていたような……)
凍砂は小首を傾げ、海に視線を戻すと――不意に何故だか懐かしい気分になった。昔どこかで見た風景な気がしてならない。しかし、それがいつどんな時に見たのか、思い出すことは疎か、掠れた記憶は波に飲まれ、深い海中へと沈んでいくのであった。――すると、今度はキーンと強い耳鳴りが起こり、頭を両手で抱え込むようにして昏倒した。
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