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「難しい事を言いますね」
「難しいのか?」
「難しいですよ、何の関係も無いし仕事の話をするのすら嫌な相手と別れろと言われても困るでしょう」
「何の関係も無いって事は無いだろ、向こうはお前に拘ってるし、お前も妙に懐いてる」
懐いてなんかいない。
寧ろ必死で避けている方だと思う。
そして相手は男でこっちも男だ。氷上限定ならキスだってそれ以上だって出来るが真柴とキスなんて死んでも出来ない。殺されても出来ない。
そしてそれは真柴も同じだろう。
「氷上さんのいる世界では手近にいる人なら誰でもいいのかもしれませんけどね、俺はそんなの無理です、好きな人は一人でいいし欲しい相手も一人しかいない」
「俺のいる世界って何だよ」
「何でもいいけど他と別れろとか、他の男について行くなってのはこっちのセリフです、それで?真柴と別れたらロゴを作ってくれるんですね?」
「明日でいいから資料を持って来い」
「じゃあ明日までに別れときますよ」
「そうかよ」と言ってツンッと口を尖らせた氷上はわざとらしく窓の方を向いて顔を背けてしまった。
こっちもこっちであり得ないイチャモンを付けられた気分で何となくムカついて話す気にならない。
空気が悪い上、膝に置いた紙袋の中から漂う何とも芳しい匂いに一つ取って齧り付いた。
「旨……」
片手間にやっているようにしか見えないがエルパンチョが流行っていた訳が分かる。
生活圏に無い所在とオーナーが瓢真でさえ無ければ、もう一回あの店を訪れて妙に美味しかったテキーラと一緒に他のメニューも試してみたいような気になる。
一応だけどそっぽを向いたままの氷上にも食べるか聞いたが「チーズ臭い」と吐き捨てられた。
それならアパートに着いてからまたチーズとトマトを除去したらいいが、2人で食べるには量が多かったので運転手にも2つ分けてからタクシーを降りた。
どうしてなのか、手を出しても荷物を持たせてくれないが氷上は何も言わずに後をついて来る。
細かいチーズを取るためにピンセットはどこにしまったかを考えながら鍵を開けて玄関のポーチで靴紐を緩めている時だった。
突然尻を蹴られて靴を履いたままドン、ドンッと片足で廊下に上がって膝を付いた。
「ちょっと何すんですか」
「何すんだじゃねえだろ」
ドカッと腹の上に跨った氷上も靴のままだ。
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