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「その…あの、その服は売り物になっていますか?…ってか商品ですか?」
屈んで段ボールに腕を突っ込む細長い男に声を掛けてしまったのは無意識だった。
「はい」と顔を上げてニッコリ笑った男は物凄く真っ当なイケメンだった。
スッと立ち上がると見上げてしまうくらい背が高く、バラけているだけに見える髪型も、私物っぽいネックレスも全てが計算されているようによく似合っている。
「あ………仕事中にすいません」
「とんでも無いです、お尋ねは私の着ているTシャツですか?それともパンツ?勿論ですが双方とも商品です、ご案内させて頂きましょうか?」
「それはよかった」
驚く事も慌てる事も無かった。
ここはブランドのアンテナショップで彼は生きるマネキンなのだ。見た目が良くて当然だろうし、己がブランドの服が似合うのも当然だろう。
「はい、見せてください」
「こっちですよ、Tシャツでいいかな?」
……かな?
年下に見られたのだろうか?うん。まあいい。
ブランドショップの店員は客と親しくなれば売り上げも上がるのだろう。
これが同じ柄、と一枚のTシャツを渡され、他の柄や色はこっちだと丁寧に説明してくれる。
取り敢えずはイケメンの彼と同じ柄を広げて見ていると、フウンと顎を撫でてから「あなたの場合は違うデザインがいいかも」と違うタイプのシャツが出て来た。
「いや、私が着るんじゃ無いんです」
「友達へのプレゼントですか?誕生日かな?」
「そんなんじゃ無いけど、友人があなたとよく似た体型をしているんです、きっと似合うだろうな…と思って」
「似合うから買ってあげるの?」
「え?」
違う。
何をやってるんだと思う。
「違います、違います、全部違います、実の所、私は御社のTシャツデザインを請け負っている広告代理店の者なんです、他の商品ラインナップにどんな物があるのかと思いまして何点か買っていこうかなって思っただけですよ」
物凄く取って付けたような言い訳になったが……ここで言い訳をする必要など無いのだがちょっと慌てた。
するとまた「ふうん」だ。
「そうですか、それなら丁度いいからお茶か…食事にでも行きませんか?あの段ボールを片付けたら休憩になるんです、付き合って貰えたら嬉しいかな」
「はあ……」
OL釣りのランチはやめようと思っていたから時間はあるが、仕事以外では知らない人が苦手なのだ。何とか上手く断れないだろうかと考えていると、あっという間に段ボールを片付けてハットを被っている。
もう断るタイミングは無かった。
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