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「どこに行く?何が食べたい?」
そう言った男は清羅と呼んでくれと笑った。
「ハハ…急にラフなんですね」
「休憩中はプライベートだからね、でも仕事も兼ねている。実は俺あそこのデザイナーもしてるんだ」
「え?そうなんですか?」
「ほら、君にも実益があるだろ?」
「このTシャツもそう」と言って、ガボガボの生地を伸ばして見せてくれる。
「じゃあちょっとアドバイスを貰おうかな」
「勿論そのつもりだ、前回出して貰ったデザイン案は全部見たよ、今日も何点か持って来たんでしょう?」
「え?あ、そうです」
アドバイスを貰うって言っても持ち運んでいるのは商品兼機密事項なのだ。
デザイン案は見せられないと思っていたが、もしかしなくてもこれは内部の本音が聞けるかもしれないという、とんでもないチャンスだった。
実は出したデザインは今日の分を入れて計40点だが「有り」に入ったのはまだ2点しかない。
「有り」と言っても決定では無いし、どうやらツボを読み間違えているのでは?と懸案になっている所だった。
「警戒した?」
「はい、いえ、警戒と言うか、例え小さな案件でも私の仕事は他の会社の機密を扱うんです、どんなにいい条件を出されても最小限しか話しませんよ」
「意外と出来る男なんだ」
「意外と……ね」
ニッコリ笑うと、綺麗なニッコリが返って来た。
誰かと親しくなるには時間が掛かる方だが波長が合うような気がした。
その後は手近なカフェに入ってランチセットを注文して食べた。
上手く言い含めて手持ちのデザイン案を見せるつもりは無かったのが、今「有り」になっているデザインとボツになったデザインが詳細に語られた為、全部見せてアドバイスを貰った。
これは本当に収穫になったと思う。
清羅は「他社に頼む」理由も考慮したのか、踏み込み加減も抜群なのだ。
この先にも何かあるかも、そんな思惑で交換したラインだった。
いざと言う時の連絡用だと軽く考えていた。
………鳴る。
鳴る。
鳴る。
もう携帯の着信音をオフにしてしまいたかったが、取引先にいる時以外は音が必要なのだ。
アンテナショップは暇なのか、清羅からの着信は酷く間が無い。
「誰だ?」と真柴に聞かれたが笑顔で答えたのは内部スパイを雇ったとは言えないからだ。
我慢に我慢を重ねて辛抱強く返信した。
そして夕方の7時過ぎ(7時が夕方なのは未来企画の規格)電話の着信が来た。
何でもかんでもネタにしようとする真柴達に聞かれたくは無いから、営業部の外で電話を取ると、内容は「ご飯に行かない?」だった。
ちょっと考えたが清羅と話すのは楽しかったし気が合ったと思う。
「あんまりラインして来るな」とそれとなく言えるいい機会でもあるし、誰かさんの顔を見たくないって事もある。即答で「行きます」と返事をした。
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