7-(3) この国の名前は

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 その時の、レオとジュリアンの顔は面白かった。  同じタイミングで僕を振り返って、同じように目を見開いて、同じようにぽかんと口を開けたから。なんか、お笑いのコントみたいだ。 「あ、あの……?」  でも、しばらく固まったままの二人に、僕はちょっと焦ってきて言葉を続ける。 「あの、ええと、皆さんがこの国とか我が国とか言うのは聞こえたんですが、名前を言うのは聞いたことが無かったので……」  ジュリアンの方が一瞬早く立ち直って、僕にこわばった笑顔を向けた。 「そうか、常識が無いということは、そういうこともすべて抜け落ちているのか……」  レオはちょっと遅れて立ち直り、ジュリアンに顔を向けた。 「教えてやれよ、王子様。慣れてるだろ」 「ああ……よく読み聞かせをしていたから暗記しているが」  ジュリアンはコホンと小さく咳払いした。 「では、リュカにこの国の名前にまつわる昔話を聞かせてやろう」  そしてジュリアンは、古代から伝わる双子の魔導士のお話を語り聞かせてくれた……。 『昔、昔、千年も昔。この国が、この地に建国されてまだ百年にも満たない若い国だった頃、王様のもとに双子の男の子が生まれました。  二人は魔法の才能に恵まれ、成人する頃には大魔導士と呼ばれるまでになっていました。  けれども、若い二人は自分こそが魔法の一番の使い手だと言って譲らず、ある満月の晩にこっそり勝負をしたのです。  兄は言いました。お前がどんなに恐ろしい魔法を使っても、私はそれを打ち消して見せよう。  弟は言いました。兄さんがどんなに打ち消そうとしても、決して消せない魔法を使いましょう。  そしてなんと弟は、この国の名前に呪いをかけたのです。この国中の、いいえ世界中の誰かがこの国の名を呼ぶたびに、ひとつずつこの国に災いが襲い掛かるようにと。  兄は慌てました。災いが次から次へと降りかかってきます。ひとつひとつ打ち消していく時間は無く、彼は腰に下げた王家の宝剣にその災いを吸収していきます。  しかし、いかに王家に伝わる宝剣といえども、無限に災いを吸収し続けることはできません。  そこで兄は一計を案じました。この国の名が呼ばれるたびに呪われるのだから、この国の名を呼べないようにしてしまおうと。  兄の魔法は国中から、いいえ世界中からこの国の名前を奪っていきました。  誰も、この国の名前を呼べなくなってしまったのです。  それ以来、千年もの間、誰一人としてこの国の名前を呼んでいません。  この国の国民は自分の国を「我が国」と呼び、隣国からは「かの国」と呼ばれているけれど、千年も続けば誰も不便には思わなくなります。  名前が無くとも、国は千年も万年も続く……という不思議な不思議なお話です。』
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