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と思ったのだがあれから一か月、何の音沙汰もない。
こちらから居酒屋に何度か問い合わせてみたが、そんな申し出は受けていないと、やる気のない店員が呆れ声で返してくるばかり。
靴を間違えた当事者として、俺のことを馬鹿にする様子さえ窺える。
何ということだ、俺は被害者だっていうのに。
持ち主のわからない革靴は今も、玄関の隅に放置してある。
靴箱の中に仕舞い込むのには抵抗があるし、もう期待していないとはいえ、ひと月越しに連絡が来ないとも限らないから捨てるわけにもいかない。
俺の靴は今どうなっているだろう。
自転車泥棒の多くはいっとき移動の足が欲しくてちょろまかすだけで、その後も盗んだ自転車を使い続けることはなく乗り捨ててしまうと聞く。
今回の靴事件も故意に盗んだのではないにせよ、俺の靴はとっくに捨てられているのではないか。
俺だけが一縷の可能性を捨てきれず気を揉んでいるのは、割に合わない。
一応靴は置いておくが、もう忘れることにしよう。
それにしても近ごろ、何かが変だ。どこが変なのか聞かれても、特定の何かを名指しできる気はしないのだが……。身の周りが以前と違って見える。
先ほどもトイレに行こうとして扉を開けたら物置だった。
職場では半年前から任され軌道に乗っていたはずのプロジェクトが頓挫するし、彼女にも一方的に別れを告げられた。
「こんな人だとは思わなかった」のだそうだ。好みでもない女だったのでどうでもいいのだが。
そうだ、他人の靴が出しっぱなしなのも鬱陶しいからゴミ袋にでも包んで、やっぱり靴箱に入れてしまおう。
靴箱を開けると中には、見覚えのない靴が何足も納められていた。
それが合図だったかのように、室内の家具も小物も何もかもが俺のものじゃないことに気がつく。
それどころかこの家は、俺が契約したアパートじゃない。知らない家だ。
――俺はいったい、誰だ?
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