1 魔法の国に連れていってあげる

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1 魔法の国に連れていってあげる

「あー! 疲れたー!」  重いかばんを叩きつけるように床に置き、瀬戸内(せとうち)明日香(あすか)はそのまま座り込んだ。母の朝美(あさみ)は夕食の準備をしながら「部活、本格的になってきたの?」と尋ねた。 「まあね。でも今は部活より帰り道の坂道を自転車でのぼることの方がつらいかな」  家の近くにある通称『地獄の坂道』を思い起こしながら明日香は苦笑いした。行きは勢いよく滑られるからいいのだが、帰りは全身の体力が一気に削がれてしまうのだからつらすぎる。 「どうなの、部活は? 卓球楽しい?」 「楽しいよ! 今日初めて卓球台で打たせてもらえてね……」  トゥルルル  突然家の電話が鳴った。明日香と朝美は同時に電話の方を向く。  トゥルルル シズカケータイ サン カラデス トゥルルル……  設定を間違えたため変な言葉遣いになってしまった機械音が家に響く。これを聞くたびに明日香は毎回くすっと微笑みたくなる。 「あ、静香(しずか)から? ちょっと明日香、取ってくれない?」 「分かった!」  手元が忙しそうな朝美の代わりに明日香は立ち上がって受話器を取った。 「もしもし、お姉ちゃん?」 『あ……明日香?』  すっと耳に入るような大人びた声が聞こえてきた。明日香は無意識に頷いて「そうだよ。どうしたの?」と尋ねた。 『あ、えっと……今日塾で必要なテキストを家に忘れてきちゃって、よかったら届けてくれないかなって』 「テキスト?」 『私の机の上に置いてあると思うんだけど……』 「ちょっと待って」  明日香は子機を持ったまま二階に駆け上り、姉の部屋に入った。きれいに整理整頓されていて何だか身が引き締まるような心地がする。机の上を見ると、開いたままのテキストが置いてあった。近くには学校のかばんも置いてある。一旦家に帰ってから荷物だけ持って慌てて塾に行ったから忘れたのかなと思った。 「多分これかな。表紙がオレンジ色のやつ?」 『そうそう、それ』 「いつまでに届ければいいの?」 『あと二十分で授業が始まる』  明日香は静香の部屋の時計を見上げた。現時刻は午後五時四十分。静香が通っている塾までは自転車で十五分ほどだから、急がねばならない。内心疲れていたが、最後の試合に向けてバレーボールの部活を(こな)したあと、すぐに塾に向かった静香の方がきっと疲れているだろう。そう思い、明日香は「分かった」と言った。 「今から急いで行くね」 『ありがとう』 「じゃ、あとで……」 『あ、そうだ、ちょっと待って』
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