1 魔法の国に連れていってあげる

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           ・・・  夕方の風は人を爽やかな気分にさせる。いつもなら景色を眺めながら鼻歌でも歌いたい気分になっていたことだろう。しかし明日香は脇目も振らず、姉の塾を目指していた。  塾の近くまで行くと、入り口の隣に人影が見えた。お姉ちゃんかなと思い、目を凝らした。  その時、ビュオウッと一陣の風が突如明日香を襲った。 「うわっ」  自転車が転倒しそうになるのを何とか堪えつつ、明日香は慌てて服を押さえた。少し顔を伏せる。収まったかなと思い顔を上げると、目の前に制服姿の静香がいた。  驚き、慌てて急ブレーキをかける。 「びっ……くりしたー……」 「早かったのね」  そう言うと、静香は切れ長の目でこちらを向き、薄く微笑んだ。いつものようにスカートを折って短くし、胸元のリボンの輪っかを限界まで小さくしている。明日香の制服の着こなしとは大違いだ。 「来てくれてよかった」 「そりゃ行くよ」  明日香は自転車に(またが)ったまま、(かご)からテキストの入った袋を取り出すと静香に差し出した。 「はい!勉強頑張ってね」  すると静香は袋を受け取ると「参ったな、ヘルメット被ってくるとは思わなかった」と苦笑いした。明日香は首を傾げた。 「え? でも十三歳未満は着用義務あるし、被ってて文句言われても……」 「そうね。まあ、ちゃんと制服着てきてくれたのは安心した。さすがに体操着で城に行かせるわけにはいかないし」 「え? 何?」 「ま、とにかく一回自転車降りて。それとヘルメットも貸して」 「? いいけど、お姉ちゃん授業の時間大丈夫なの……」  (いぶか)しく思いながらも、明日香は自転車を降りてヘルメットを脱いだ。  ふいに物陰から髪の長い女性が出てきた。明日香と静香の中学の制服を着ている。その人は明日香から自転車とヘルメットをひったくった。そのまま明日香がさっき通った道を引き返していく。 「ええっ、ちょっと待って!? ど、泥棒……」  追いかけようとした明日香の手を、静香が掴んだ。強い力である。 「大丈夫だから」 「待って、どういうこと? というかあの人誰? お姉ちゃんの知り合い?」  動揺する明日香をよそに、静香は「さ、行こうか」と明日香の肩に手を置き、塾から離れるように歩いていく。 「待って待って。お、お姉ちゃん? 質問に答えて……」 「あの人は私の使いの者よ。あの人が明日香の代わりを演じてくれるから、明日香は何も心配する必要はない」 「つ、使い? 演じる?」 「幻覚を見せる魔法を使うの。人間には魔法がかかりやすいから安心して」 「……えーっと、何を言ってるの?」 「私の代理も用意したから、瀬戸内家の子供が消えたって人間が騒ぐこともない。だから大丈夫。実は明日香に来てもらいたいところがあってね……」 「お姉ちゃん!」  明日香は大きな声を出して静香の言葉を止めた。 「さっきから何を言ってるの? もっと分かりやすくしゃべってよ」  明日香は少し怒り気味で言った。さすがに訳の分からない話をこんなにもされて、いい気分にはならない。  静香は明日香を見て薄く笑った。静香がよくする笑い方だ。その口が小さく開く。 「魔法の国に、連れていってあげる」
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