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人生をやり直す男
俺はマンションの非常階段に立っていた。
これだけの高さがあれば、万が一にも助かりはしない。
まさに飛び降りようとしたとき、目の前に女神さまが現れたんだ。
「こらそこのおっさん。命を粗末にしてはいけませんよ」
俺は目を疑った。まだ飛び降りていないのに死んでしまったのかと思ったさ。
「あなたは……」
「見りゃ何となくわかるだろ。とりあえず飛び降りるのは迷惑だからやめなさい」
いや、これには理由があるんだ。
俺は人を殺してしまった。どんなに悪いことをしたって、大抵のことは元に戻すことができるんだ。
ただ殺人だけは……。
「しかし女神さま」
「おまえが殺してしまったと思っている奴だがな、生きてるぞ」
「へっ?」
「すげえ怒っておまえのこと探してるぞ」
「えええ?」
殺し損なったのか。
それはよかった。
だが、どちらにしても俺はもう生きてはいられない。
「待ちなさい。おまえに選択肢を与えよう。好きなほうを選ぶがよい」
「選択肢……?」
「ひとつめの選択肢は、異世界に転生してチートで無双だ」
この女神さまは何を言っているんだ。それは天界で流行っている言葉なのか。
「もうひとつは、おまえを過去に戻してやろう。だが日時はこちらが指定する」
「そっちでお願いします」
「異世界でチートすればハーレムだぞ」
「意味が分からないので過去でお願いします」
女神さまは面白くなさそうな顔をしたが、俺を25年前の10月1日、11時10分に戻してくれると約束してくれた。
なんでも、この日のこの時間が一番安全だということだ。
「明日の午後10時、いまからほぼ24時間後に、ここから過去へ転送してやろう」
「いますぐではないのですか」
「明日のほうが都合がよいのだ。それに……」
一日の間に、やり残したことがあれば済ましておくように、ということだ。
別れた女房と子どもにも会っておくか。
それもそうだがーー。
せっかく過去に戻れるなら、これを利用しない手はないぜ。俺も金さえあれば、殺しなんてしなくて済んだんだ。
だが女神さまによれば、過去には何も持っては行けないという。
上等だ。全部覚えてやるぜ。
俺はまた明日この場所で、と約束して女神さまと別れた。
しかし下手に降りていくと、捕まってしまうかもしれない。気が張っていたこともあったんだろう。俺はそこで眠ってしまったんだ。
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