私を受け入れてくれますか

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私を受け入れてくれますか

 私は、人を殺したことがある。  それを知っているのは夫と、母だけ。  2人以外は知らない。  夫は『縁がなかったと忘れればいい』と言い、母は『一生胸にしまっておきなさい』と叱咤した。  言うのは簡単だけど、両方とも私にとってはとてつもなく難しい。  だけど、人に安易に言っていいことではないと、どれだけ頭が幼い私でも、大人であるからそこは分かっていた。  でも、そもそも友達が少ないのと、夫がいる身であるから、新しい出会いというものも滅多にないし、あっても何か起こる立場ではないので普段通り振舞えばなんら支障はなかった。  そんな私を揺らすきっかけを招いたのは、無意識に手に取った本だった。  家事をしているだけの日常がただただ嫌で、刺激を求めて本屋を彷徨い、なんとなく手に取ってみた時だった。 「この本好きなんですか?」  心臓が飛び上がる、というのはこのことか、と実感した。  まさか本屋で、本を手に取っただけで誰かに声を掛けられるとは思いもしなかった。驚いて声の方を見ると、端下(はしもと)(かげる)というネームプレートが胸についていたので、本屋の店員だとわかった。もしそのプラスチックがぶら下がってなかったら、私は警戒して急いで本を戻しその場を去ったことだろう。けれど、店員だということで警戒心を抱かなかった私は「いえ、たまたま目に入って、取ってみたんです」と正直に答えた。 「ああごめんなさい、今までその本を手に取る人を見たことがなくて」  端下、という店員さんは残念そうに眉を下げると「突然声をかけてすみませんでした。お会計の際はあちらがレジです」と手で示してから、くるりと背を向けた。声をかけられたのだから多少会話は続くと思ってしまっていた私は、すぐに素っ気ない背中を向けられて妙に寂しくなってしまい思わず「あの」と声をかけていた。 「はい?」 「あ、えっと」
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