面接

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面接

 伊織がアイロンをかけてくれたYシャツに腕を通し、俺は面接会場である会社に向かう。マンションから電車で乗り換えがあり、ちょっと遠いが仕方がない。まぁ、交通費支給されるみたいだから俺は全然良いが。  降りた駅からは徒歩で3分。指定された場所に行けば、目の前に大きなビルが建っていて思わず口をあんぐりと開けて見上げてしまった。まさか地元の田舎から、こんな立派なビルを建てられる程の人間が生まれるなんて想像もしていなかったから驚きだ。 「すげぇ……本当にアイツがこんなとこの社長なのか?」  同級生が社長。俺はずっと平社員。一体どこでどういう差が生まれたのか。  俺は大きくため息を吐き、今そんな事を考えても答えは出ないだろうと、諦めてビルの中へと入っていった。  1階の受付けカウンターに居た女性に、面接予定の福田晴弘と名乗るとすぐにどこかへと電話を掛け、エレベーターで15階に上がって下さいと言われた。その通りにエレベーターで上へ上がると、到着したのは広いラウンジだった。  ……えっと、こっからどうすれば良いんだろ?  とりあえずエレベーターを降りると、すぐ斜め前の扉から秘書らしき女性が現れ、名前を確認される。 「恐れ入りますが、社長は只今電話対応中でして……そちらのイスに掛けてお待ち下さい」 「はぁ、ありがとうございます」  扉の横には長ソファが置いてあり、俺はそこに座って待たせてもらう事にした。  ……ん、ちょっとお腹空いて来たな。  待っている時間が思ったより長く、俺は緊張を通り越して、貰ったお茶を飲みながらそんな事を考える。  朝食も遅かったし、面接もすぐ終わるだろうからと昼はまだ食べていなかった。これは話しをしている時に腹が鳴ったら恥ずかしいなと思いながら、今は空腹に耐えるしかないと腹に力を込めては音を抑える練習をする。  そんな事を続けて10分が経ったか、ソファ横の扉が開いて1人の男性が顔を出す。と、俺を見付けては男は嬉しそうな声を上げるのだった。 「晴弘!久しぶりだなぁ!よく来てくれたよ!元気だったか?」  この前電話では話したが、会うのは同窓会ぶりか。  俺も立ち上がりながら、懐かしい同級生に笑顔で近付く。 「元気だよ。そう言うお前も元気そうでなにより。てか、声掛けてくれてありがとう」 「いや、まぁな。ちょうど人手が欲しかったとこだから、晴弘が来てくれて俺も助かった」  とりあえず中に入れよ、と言われたので、俺は誘われるがままに部屋の中へ。 「……えっと、ここは?」  部屋に一歩入り、俺の第一声。  室内にはでっかいデスクに数台のパソコン、資料棚に大きなソファが置いてあるが……1番目立つのは、幾重にも積み重なったダンボールや書類と思しき紙のタワーだった。  お世辞にも片付いているとは言い難いこの部屋は、間違っても応接室では無い気がする。  俺が固まっているのを見た彼は、苦笑いで今回の経緯を話してくれた。 「いやぁ……一応ここ、社長室なんだけどさ……俺ってば、片付けがめちゃくちゃ苦手なんだわ。だから、資料整理とかデータ入力出来る人が欲しくって、お前に声掛けたの」 「俺?いや、それならさっきの秘書さんとか」  わざわざ人を取らなくても、手伝ってくれる人くらいいそうなもんだが?  しかし彼は「そんな事頼めるか!」と首を横に振るのだった。 「同じ空間に女性が居ると思っただけで俺の仕事効率は下がるんだよ!なんかさ、ソワソワしない?俺だけ?」 「……うーん……多分、お前だけだよ」 「マジで!?」  なんだよチクショー!と嘆きながらも、彼は俺にソファに座るようにすすめる。 「……まぁ、とりあえず座ってさ、面接始めようぜ」 「え、社長自ら?人事部の人とかは……」 「いらん。俺が必要で俺が雇うんだから、俺が決める」 「……ソウデスカ」  ……この会社、本当に大丈夫か?  俺は疑って眉を寄せたが、でも、難しい事をやれと言われなくて済みそうだ。  その後は簡単な面接をし、仕事内容の説明と確認を行った。  面接は無事クリアという事で、さっそく来週から出社する事となった。週休2日で前の会社より給料が良いし、週末の強制飲み会も無いからストレスも少なそうだ。タダ酒が飲めなくなるのはちょっと惜しいと思っていたが、コイツに頼めば酒くらい奢ってくれそうだとすぐに気を取り直す。  そんな話しをしていると、不意に腹の虫がキュルルルルっと鳴いては会話が途切れる。  俺は自分の腹を抑え、アハハハハと誤魔化すがそこはさすがの社長。俺も腹減ったし、出前でも取るか。奢ってやるよ、と、良いトコのうな重を電話1本で注文し、社長室で一緒に食べた。  ウナギは食べた事があるのに、なんだか初めて食べるような、そんな高給な味に舌鼓を打ち、俺はすぐにこの会社にして良かったと、単純な気持ちで内心舞い上がる。  もしかしたら今のタイミングが俺の転換期なのかもと、ポジティブに捉える事も出来たのだった。
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