寝顔

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寝顔

 昨日はいつもより早く寝たからか、変な時間に目が覚めてしまった。恐らくまだ夜中だろうが、目が冴えてしまい眠れない。  俺はふと、背中越しに寝息が聴こえて振り返る。そこには伊織の寝顔があって、背後から俺を抱き締めるようにして眠っていた。  ……ぅわぁ……伊織の寝顔、超レアじゃん。寝てると可愛いな。  いつも俺より先に起きてるから、こんなチャンスはなかなか訪れない。だから、この顔をもっと長く拝む為にとそっと身体の向きを変える。  そうやって向かい合い、しばらくイケメンの寝顔を堪能していると不意に伊織の瞼が持ち上がった。さっき動いた事で起こしてしまったのか、俺は小さな声で慌てて謝る。 「わっ……ご、ごめん……起こしたか?」 「……晴弘さん……?……寝らんないの?」 「いや、目が覚めただけで」 「しょーがないなぁ……。こっちおいで」 「!」  ギュッとその胸に抱きしめられて、俺はまた赤くなる。  ベッドでは全裸派の伊織だったが、俺と一緒に寝るようになってからは下着1枚は履いて寝るのが定番になっていた。なんでも、俺が隣りにいるのに自分だけ全裸だったら変な気分になって襲っちゃうとかなんとか……。  だから、俺の頬には今伊織の温かい素肌が当たり、尚かつ心臓の心地よいリズムが安眠剤となって再び俺に睡魔を連れて来てくれる。  俺は早くも眠くなって来た頭でお礼を言わなきゃと顔を上げるが、肝心の伊織は完全に目を閉じ眠っていた。さっきのはもしかして寝惚けてたんじゃないかと思いながら、それでもいいやと、ニ度寝してまた朝を待つ。  朝起きたらやっぱり伊織は居なくって、リビングの方からは朝食の準備をしているであろう物音がする。  俺は寝ぼけ眼を擦りながらスマホで時間を確認し、身体を起こした。あまり寝過ぎても来週から仕事が始まるし、早起きに慣れておかないといけない。  大きな欠伸をしながら寝室のドアを開けると、お決まりの定位置で作業していた伊織からおはようございます、と挨拶される。 「あ、そうだ。晴弘さん、お願いがあるんすケド」 「なに?」 「今日学校終わってそのままバイト行くんで、8時頃には帰れると思うんだけど、ご飯炊いてもらっててもいい?おかずは帰ってから俺が作るんで」 「お、マジで?やるやる」  伊織に頼み事されちゃった。しかもご飯って……一番やらせてもらえなかった事じゃん。  ここでは基本、料理は全て伊織担当だからそういう系のお願いは珍しい。  俺は嬉しくてテンションが上がり、他には?とワクワクしながら聞く。すると彼は少し笑った後に、じゃあ洗濯もお願いします、と頼まれた。  家事を任されるのって、やっぱ認めてもらえた感があるよな。今まではお客さんみたいにただ与えられる事を受け入れてただけだったから、すごく嬉しい。  俺があまりにもニコニコしているからか、伊織も「晴弘さん、可愛い」と口元を押えては笑いをこらえているようであった。  なんかバカにされているような気がしていたが、それで怒るという事もなく俺は洗面所へ向かって軽くスキップをする程には浮かれていたのだ。  伊織が大学へ行き、俺は洗濯を終えてからふとリビングのテーブルの上に置かれた物が目に付き、近付いてみた。それは伊織のスマホで、どうやら置き忘れて行ったらしい。大学に届けた方が良いのか悩んだが、俺が行ったところで伊織を見付ける術もないし、不審者扱いされそうなので断念する事に。  ……そう言えば、アイツの待ち受け画面ってまだ俺なのかな。  前に、伊織の幼馴染みである華ちゃんに勝手に撮られた写真を彼はなぜか気に入ってしまい、そのまま待ち受けに設定していたのだ。あんな恥ずかしい写真今すぐ消せと言っても聞いてくれないから、半ば諦めていたのだが……もしかしたら今なら、あの写真を抹消出来るんじゃないか?と閃いてしまった。  ま、本当にそんな事勝手には出来ないし。電源を入れて画面を確認するだけでも……。  伊織には悪いと思ったが、俺の写真を使っているのなら俺はそれを知る権利がある、はず。  好奇心とかそんなんじゃないし、確認するだけだし、と、そう自分に言い聞かせながら俺は電源ボタンをえいっ!と押した。 「……あれ?なんか違う写真……」  現れたのは、9桁の数字と濃ゆいモザイクのかかった背景画像。そのシルエットは、あの写真とは違うようだ。  どうやらロックを解除しないとホーム画面の画像は見られないようで、一瞬だけ悩む。  暗証番号なんて知らないし、やっぱり見るのはやめとこうかな……なんて思いながらも、本当に、試すだけ試してロック解除出来なかったらそれで終わりにしようと決めては指を動かした。  思い付く4桁の数字となると、誕生日だろうか。まずは伊織の誕生日を試してみたが案の定認証されず、続いて「まさかな」と思いながらも俺自身の誕生日を入力してみた。 「……はははっ……解除できちゃったし」  どんだけ俺の事好きなんだと、もう恥ずかしさを通り越して笑う事しか出来ない。それに、背景画面に関しては誰かに惚気けたいくらいだった。 「寝顔とか……絶対に朝撮ったやつだろ」  ホーム画面に男の寝顔写真とか、誰かに見られたらなんて説明する気なんだよ。でもまぁ、伊織なら平然と「恋人だけど?」と言いそうなもんだけどさ。  こうなってきては、カメラロールの中身も気になってしまう。  悪い悪いとは思いながら、つい指が液晶画面の上をスイスイと滑る。そして、現れた画像の数々にちょっとだけ引いた。 「いつの間にこんなに……ほぼ俺じゃん」  寝顔の他にも、リビングでテレビを観ている後ろ姿や食器を洗ってる姿等、同棲前からのものも沢山保存されていたのだ。俺だって伊織の写真が欲しいのに、面と向かっては絶対に撮らせてくれないし、盗撮しようとしてもなぜかすぐにバレては阻止されてしまう。  それにしても……本当に他の写真が無いな。これはこれでちょっと心配になる。  それでも伊織に一途に想われてるんだと、それが知れただけでも大きな収穫だったのかもしれない。  そこで俺は、ちょっとしたイタズラ心と一途に想ってくれている事への感謝として、伊織のスマホを使いサプライズをしようと思い付いたのだった。
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