キミをのこしたい

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キミをのこしたい

 その日の夜。 「ただいまぁ」  玄関の音と共に伊織の声がして、俺はリビングのドアを開けては意気揚々と顔を出した。 「おかえりぃ。なぁ、今日スマホ忘れて行っただろ?」 「あ、やっぱり家だったか……。すみません。着信とかありました?」 「いや?ないけど」  話しをしながら上がって来る伊織は、俺がいつもと様子が違う事に気付いては洗面所の前で立ち止まった。 「……え、なにニヤニヤしてんの?」 「ふっふっふっ……内緒♪」 「内緒って……まぁいいや」  あまり関心が無いのか、それ以上はあまり深く探って来ない。  伊織は時間を気にしてるのか、手を洗いながら声だけをコチラへと投げかけてくる。 「晴弘さん、風呂は?一緒に入る?」 「残念。もう入った」 「そっすか。じゃあ、俺もさっさと入ろ」  伊織が風呂に入ってる間、俺はリビングでテレビを観て時間を潰していた。俺が料理出来れば良いのだが、食事に関してはまだもう少し、彼の潔癖症が治らないと無理らしい。  しばらくして風呂から上がって来た伊織は、すぐに晩ごはん作りへと取り掛かる。今日は俺が面接受かったご褒美にとリクエストした親子丼であり、味噌汁とキュウリの浅漬けも付いていた。 「さ、食べましょう」 「おー、美味そう!いただきます!」  さっそく味噌汁から食べ始め、今日はワカメと豆腐かと具材を確かめる。それからメインの親子丼を口へ運び、柔らかい鶏肉とふわふわ卵の食感と味に自然と笑みが溢れた。 「はぁ〜、やっぱ美味いな!毎日伊織の手料理が食えるのって、贅沢だよなぁ」  ふとそんな事を口にすれば、伊織も笑って「オッサンくさい」と言ってはからかってくるのだ。 「てか、どうしたんすか急に?いきなり褒めるとかなんか怖い」 「怖いって言うな。本当の事だっての」 「えー?怪しいなぁ。後でアンタの身体に聞いてみよっかな」 「っ!けほっげほっ……!ば、バカ!食事中になに言ってんだよ!」  この男、涼しい顔してとんでもない事を言うもんだ。  だけどそれも冗談ではないらしく、彼は箸を進めながらサラリと次の台詞を言うのだ。 「嫌?今日は俺、晴弘さんとシたい気分なんだケド」 「ゔっ……すげぇストレート……」 「だって、ただ一緒に寝るだけってのも我慢の限界があるし……。そうだ、ビール飲みましょうよ。昨日晴弘さんが買って来てくれたやつ」  そう提案し、伊織は椅子から立ち上がり冷蔵庫から缶ビールを2本出して来る。  確かに、面接受かったらシたい、なんて最初に言い出したのは俺だ。わざわざビールまで買って、ご褒美として素面の時以上の快感を得るに自分から煽って。  ……だって、アルコールの入った伊織に抱かれると、いつも以上に求められているように感じるから……。  缶ビールを見つめながら固まる俺を見て、伊織が晴弘さん?と呼んでくる。だから俺は、プルタブに指を掛けてプシュッと中の炭酸を抜く。 「……なんでもない。けど……」 「?」 「伊織はまだ飲むなよ。それより……先にスマホチェックした方が良いんじゃないのか?電話はなくても、メッセージとか届いてたっぽいし」  遠回しにスマホを見ろ、なんて言ってみるが、彼は眉を寄せて首を傾げるだけ。  ……まぁね、それが当たり前の反応だから。  俺が水を指すような事を言ったからか、不満を覚えた彼に年下スイッチが入ってしまう。こうなった伊織のお願いには、俺は抗う事が出来なくなってしまうのだ。 「なぁ、晴弘さん。俺もビール飲みたい。んで、アンタをもっとベッタベタに甘やかしたいんだケド……それでも飲んじゃダメっすか?俺、昨日我慢したから今日は思う存分触りたいんだケドな」 「だ、ダメじゃないんだけど……ただ、その前にメッセージ読んだら?って、そう言ってるだけだし。ほら、大事な内容のものとかあると思うからさ?酔っ払う前に……」 「俺が本気で酔わないの、アンタ知ってるっしょ?……あ、もしかしてなんか隠してる?」  ようやく気付いたか。伊織は傍らに置いていた自分のスマホを手に取り操作し始めた。  俺は緊張で慌ててビールを飲み、その様子を見守る。  俺が彼のスマホに残したサプライズ。それは、日頃の感謝と愛のメッセージを語った動画を自撮りし、こっそりとフォルダに忍ばせているという事。  ……なんか、今更恥ずかしくなってきたな。  しばらく指を動かしていた伊織の手が止まる。例の動画を見付けたか、静かにその先を見つめていた。  動画で語った内容は、簡単に言うとこうだ。  “いつも美味しいご飯をありがとう。いつも側に居ようとしてくれてありがとう。いつも俺を大切にしてくれて、愛してくれてありがとう。俺も世界一伊織を愛してます。これからもよろしく。”  ありふれた台詞だが、同棲するようになってからまだお礼を言っていなかったから。改まって面と向かっては気恥ずかしいので、こうやって動画に残したのだ。  それを観た伊織は、俺の方を上目遣いに見てくる。その視線には明らかな劣情が含まれており、俺もドキッと心臓を跳ねさせた。 「……晴弘さん」 「な、なに……?」 「パスワード、よく分かりましたね」 「ま、まぁ……勘かな?」 「カメラロール、絶対見たよな?」 「……う、ごめん。だって気になったし……」 「……はぁ」  え、ため息?呆れられた?やっぱり、勝手にスマホの中身覗いたのがダメだったとか……。  だけど、怒るどころか耳まで赤くして伊織は口を開いた。 「……いや、すみません。俺の方こそ、晴弘さんの写真ばっかり撮ってるから……気持ち悪い?」  え……反応が可愛い!  俺は頭を振って「まさか!」と答えていた。 「ちょっとビックリしたけど、普通に嬉しかったし。なんか、すげぇ愛されてるなって……だからさ、俺もなんかお前に返したくってそれ撮ったんだけど……」  すると、伊織も口元を緩めては「うん、ありがとう」とはにかんでいた。 「すげぇ可愛い事してくれるじゃん、晴弘さん。もう、本当に……動画もアンタも一生大事にするし。今夜は寝かせないから」  そう宣言され、伊織も缶ビールを開けては中身をゴクゴクの飲み始める。  俺は目の前で、上下する喉仏がエロくてカッコいいなぁと思いながら呑気にその姿に見惚れていた。
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