頼み事

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頼み事

 とある日の会社帰り。 「あ、福田先輩!お久しぶりです!」 「篠崎じゃん。久しぶり」  家に帰る途中、偶然にも篠崎と鉢合わせをした。帰る方角は一緒だから、俺達は自然と並んで歩く事になる。 「てか、久しぶりって言っても、まだ1ヶ月も経ってないけどね」 「ははっ……確かに。でも、あの時飲んでから1度も会ってなかったから……今はあの学生のと一緒に住んでるんですよね?」 「まぁな」  隣りに住んでても会わないもんですねぇ、と篠崎は言いながら、突然「あ、そうだ!」と持っていたコンビニ袋を揺らして見せた。 「今週末、ウチで飲みませんか?ちょうど先輩と色々話したいなって思ってたんで」  俺は懐かしく、ワンコ後輩のキラキラ瞳を間近で見た気がした。  ……今週末か。俺も篠崎と倉持部長の進展を聞きたいから飲みたいけど、一応伊織に聞いてみよう。勝手に決めて機嫌悪くされるのも嫌だし。 「……分かった。予定見てみるよ。後で連絡するんでもいいか?」 「勿論!家が隣り同士だと、時間も気にせずに飲めるから良いですよね!」 「そうだな。俺のとこは飲み会が無いから、定期的にお前んちで飲むのも悪くないな」 「マジですかっ!じゃあ、毎週末2人で飲み会しましょうよ!」  そうはしゃぐ篠崎の台詞に俺は、ん?と首を傾げて尋ねる。 「いや、お前んとこは飲み会あるだろ?課長主催の」 「ああ、それなんですけど」  篠崎は苦笑いをしながらヒソヒソ声で教えてくれた。 「……課長、健診で酒の飲み過ぎだって医者にこっぴどく怒られたみたいで……前から注意受けてたみたいだけど、今回マジでヤバかったらしいですよ。それで飲み会も月1になったんです」  思い切って飲酒もやめればいいのに、と篠崎は愚痴りながらも、俺に無邪気な笑顔を向けてくる。 「だから、これから週末は暇なんです。福田先輩が晩酌に付き合ってくれるんなら俺、大歓迎ですから!」  ……それは、俺も願ったり叶ったりだ。酒は好きだし、量さえ間違わなければ適切に酔えて楽しい気分にもなれる。伊織と飲むのも良いが、俺だってたまには他の人と酒を飲みたい。  これから家に帰って、本気で伊織にお願いしてみようと俺は思った。 「……別にそれくらい良いですケド」 「本当に?サンキュー伊織!」 「でも、毎週は嫌だな。俺もアンタとイチャイチャしたいし」  今日の夕飯は白身魚のフライと里芋の味噌汁、それから豆腐とコーンが入った海藻サラダだ。  俺はサクサク衣のフライをかじりながら、伊織のイチャイチャ発言をスルーして話しを続ける。 「んー、じゃあ2週間に1回とか?」 「……それくらいならまぁ、いいっすよ。あ、でも日付け変わる前に帰って来てね。それが条件」 「ん、分かった。その約束は絶対に守る」  家は隣り同士なんだ。1分もあれば帰って来れる。  篠崎には後で連絡するとして、俺はもうひとつ伊織にお願いをした。 「後さ……その時にお前の手料理とか持って行きたいんだけど……ダメか?1品で良いからさ」 「俺の?なんで?」  やや難しい顔で眉を寄せる彼に、俺は心の底からの本音を口にする。 「篠崎も料理しないし、俺は伊織に胃袋掴まれてるからさ……スーパーの惣菜じゃなくて、お前の手料理が食べたいんだよ。あと、篠崎に自慢したいから」  飲むのもアイツの家だし、手ぶらも失礼かなぁってさ、と理由をくっつけて説明した。すると伊織はやや頬を染めながらため息を吐き、「……いいっすよ」と快く答えてくれる。 「じゃあ、食べたいものとか考えといて。作ってあげるから」 「やったぁ♪ありがとう伊織、愛してる!」 「ハイハイ。……じゃあ俺も、晴弘さんにお願いしようかな」 「おう!なんでもいいぞ!言ってみろ!」  伊織が承諾してくれた。すげぇ嬉しい。  俺はニコニコしながら彼の言葉を待っていると、その爽やかな笑顔からは想像も出来ない程の衝撃的な台詞が飛び出すのだった。 「晴弘さん、コスプレって興味ない?」 「へ?」 「俺さ、晴弘さんとコスプレエッチしてみたいんだケド……ダメ?」  ……これは、断ってもいいのかな?  しかし、伊織は俺のわがままを聞いてくれるのだ。俺も自分が出来る事ならば何だって叶えてあげたい。  しばらく唸りながら考えた末、俺は渋々 「分かった……頑張る」と呟くのだった。  男晴弘、やる時はやってやるよ。……うん。頑張る。
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