宅飲み、介護

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宅飲み、介護

 伊織に頼んだビールのつまみは、ニンニク醤油の効いた唐揚げだ。その他にも「野菜もちゃんと食べて下さい」と言って春キャベツのサラダも持たせてくれたから、ちょっと荷物が多い。でも、これが美味しいのだから仕方ないんだ。置いてなんて行けるか。 「おお……先輩の彼氏って本当に料理上手なんですね。てか、ちゃんと身体の事考えてくれてるとことかもう完璧じゃないですか」 「だろ?もっと褒めて良いんだぞ!」 「いやぁそれは……なんか悔しいので遠慮しときます」  篠崎はビールと日本酒を用意してくれており、ついでに、冷凍のおつまみやらスナック菓子も準備されていた。  俺達はなんとなくベッドを背にして隣り同士に並んで座っては、乾杯!とまずは缶ビールを飲む。 「……そう言えば、お前日本酒とか飲むんだ?今まで飲んでたっけ?」  テーブルの隅に置いてあるそれを見て尋ねると、篠崎は少し照れながら「はい、少し前から……」とはにかむ。 「茉莉(まつり)さんに教えてもらったんです。そっから飲むようになって、自分でも買っちゃいました」  ……ん?茉莉さん?  俺はある事が引っかかり、篠崎の照れ顔を覗き込んだ。 「お前……倉持部長と付き合ってんだよな?」  すると彼はパッと表情を変えて追加情報を口にする。 「あ、そっか。先輩にはまだ言ってませんでしたけど……茉莉さん、今月から本社に戻ってるんです。で、部長から本部長に昇進したので、都合も良いし名前で呼ぼうかなって……。それに、先輩は俺達の関係知ってるので、隠す必要もないかと」  ほうほう。なんだなんだ。俺の知らないところでそんな事になってたのか。  これは酒のつまみも十分過ぎる程に充実してきたと、俺はさっそく彼等の話しを根掘り葉掘り聞き出す為に篠崎に酒を勧めるのだった。  家飲みは店と違って好き放題に出来るから良い。ついでに言うと周りを気にしなくても良いし、時間も気にしなくて良い。だから開放的になってやらかしてしまう事もあるよね、なんて。 「ぇえ!お前が下なの!?俺てっきり倉持部長が抱かれてんだと思ってた!」 「あ〜!いくら先輩でもダメですよ!茉莉さんの裸とか想像しないでくださいよぉ!」 「しねぇよバーカ!俺は元々女の子が好きなの!男の裸なんて……伊織だけで十分だぁ!」 「なんですかそれぇ……ノロケ?ノロケですね!?ふんだ!別に羨ましくなんてないですからぁ!」  なんか、初めての感覚だ。ただ話してるだけでも意味が分からないくらいにすっごく楽しい。  俺も篠崎も、かつて無い程に酔っ払っていた。酒も進み、おつまみも全部食べ、無駄に大きな声でお互いに喋っている。  俺はふわふわした気分でビールを飲もうと缶を傾けるが、すでに中身が空っぽになっており軽く舌打ちした。 「篠崎ぃ、もうビール無いの?おしまい?」  すると眠そうに瞬きをする篠崎は、テーブルに並べられた空き缶を数えて「あー、もう無いですねぇ。おしまいでーす」と言う。 「先輩〜、そんな事より……ちょっと頭撫でても良いですかぁ?」  突然肩にもたれかかって来たかと思えば、篠崎はふにゃふにゃした笑顔でそんな事を言ってくる。その言葉にちょっとだけ残っていた理性が働いて「嫌だよ、俺じゃなくて部長に甘えろよなぁ」と俺はすぐに答えた。  元とは言え、後輩に甘えられるのは悪い気はしない。でも、俺達にはそれぞれ恋人がいるのだから、そっちに甘えれば良いのだ。  しかし篠崎は、駄々をこねるかのように言い訳をして抱きついてくるのだった。 「ええー!だって茉莉さん、俺より体格良いんですもん!俺はねぇ、俺より小さくて可愛い小動物を愛でたいんですよぉ!」 「だーれが小動物だぁ!おいコラ!離せ!」 「はぁぁぁ……先輩ってば本当に癒やされる……可愛い……」  わしゃわしゃと頭を撫で回され、ついでに頬擦りなんかもされる。  酔ってるな、コイツ。相当酔ってる。でも……俺も酔ってるから今日は大目に見てやろう。篠崎には前に悲しい思いをさせた後ろめたさもあるし、今日だけだからな。本当に。  俺はため息を吐きつつ抵抗するのをやめ、篠崎の好きにさせてみた。今のコイツなら信用出来るかなと、なんとなくそう思ったから。  すると彼は更に体重を掛けて来て、酒のせいか過去の恋愛観を語りだすのだ。 「……俺ってぇ、元々誰かをこうやって腕の中に収めて可愛がるのが好きなんですよ……自分の懐でギュッて抱きしめて、癒やして癒やされて……ずっとそれがしたかったけど、結局叶わなかったから……」  そりゃ今は今で幸せですけど、と唇を尖らせてはいるが、篠崎の過去の苦労は俺も知っている。だから余計にこの手は振り払えない。  俺も表面上はムスッとしていたが、彼が少しでも心穏やかになれるならとそのまま身を委ねていた。 「……俺、茉莉さんを好きになって良かったって思ってます。誰かに愛されるのってこんなに心地良いんだって、知れたから……」 「篠崎……」 「でも、先輩みたいな小動物を愛でたい気持ちは変わりませんから……たまにで良いんで、こうやってまた抱きしめさせて下さい」  ここぞとばかりに年下の特権を使い甘えてくるので、さすがにこれはまずいと思って俺はバッサリと本音で切って捨てた。 「いや……ダメだ」 「え〜!ハグくらい良いじゃないですかぁ!」 「嫌だよ。て言うか俺は小動物じゃないしぃ。犬でも飼ったらどうだ?ドーベルマン」 「な、なんでドーベルマン?いや、そもそもここペット禁止だから」 「じゃあアレだ。大きいぬいぐるみ買ってやるよ。だからそれに抱き付いとけ」 「ええ〜」  ポワポワとする思考で適当な事を言いながら、俺は篠崎を押し退け「はい終わりぃ!」と距離を取る。  これ以上長く身体を許していたら、篠崎が暴走しないとも限らないから。  束の間のハグタイムを終え、何気なく時計を見上げると夜の23時を回っていた。
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