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十月は秋だ。九月は夏の面影を色濃く残し、十一月は片足を冬に突っ込んでいるが、十月はどの場面を切り取っても秋の様子が映し出される。真秋という言葉はないが、秋っぽさのピークは間違いなくこの月のどこかにあるだろう。
この季節になると、睡眠の充足でもアラーム音でもなく、寒さによって目が覚めることも増えてくる。外部からの刺激によって無理に起こされたときほどではないが、体には気だるい感じが残っていて、その割に頭は妙にすっきりしている。今朝の寝起きはそんな感じだった。
寒さで目覚めたときはすぐに布団から出ず、いったん掛け布団に潜り込んで体を温めてから起き上がるようにしていた。僕は体が冷えるとすぐに体調を崩してしまうので、その時間はできるだけ短いほうがいい。少しでも暖を取ろうと体を丸め、太股の間に挟んだ手を擦り合わせたり、足を敷きパッドに擦りつけたりする。じきに体は温まってくるので、片手を布団から出し、スマートフォンを探し当てて時刻を確認すると、一日活動できる程度には睡眠時間は取れているようだった。二度寝を諦めて布団をずり落とすように立ち上がると、早朝の肌寒い空気がまとわりついてくる。秋にしては寒い日だと思ったが、冬の早朝の寒さがこんなものではないことは体の奥底で記憶していて、季節が進むのが少し憂鬱になる。
ふと思い当たって、静かに隣の部屋へ入る。どちらの部屋もストーブをまだ点けていないためか、自分が寝ている居間とほとんど気温は変わらないようだった。ベッドの上で寝息を立てている妻に近づき、案の定、隅に追いやられていた掛け布団を胸のあたりまで引っ張る。すると妻の顔がむにゃむにゃとこちらを向いた。頭を撫でようと手のひらを近づけるとまたそっぽを向いたので、襟足の毛先に軽く触れる程度に止め、再び慎重に扉を開閉して部屋を出る。
キッチンまでの何も敷いていないクッションフロアの床は少し冷えており、新調したばかりでまだふかふかのキッチンマットに着地して人心地つく。朝一番の水道水は飲まないようにしているので、昨夜使った湯呑みを洗ったりケトルをすすいだりする。湯呑みで水を飲みながらながらぼんやりと陽の透けたカーテンを眺めていたら、散歩に行きたくなったので行くことにした。カーテンの開閉音は意外と響くので帰宅後に開けることにして、寝間着のスウェット上下に厚手のパーカーを羽織り、ずり落ちない靴下を履いて玄関へと向かう。
玄関の三和土の前で少し迷って、スニーカーではなく、かかとがないタイプのスリッポンを選んだ。普段はゴミ出しくらいにしか使っていない、いわゆるベランダサンダル用途の靴だが、朝の空気を吸いに行く程度の散歩なら適切な気がした。サムターンのツマミを掴み、回るまでではなく回り終わるまで力を抜かずに回す。同様にドアも開くまでではなく、閉じ終わるまで力を入れて制御する。念のため鍵を掛けて、階段も音を立てないように降りていく。ドアを三つほどやり過ごし、その勢いでエントランスドアを抜けると、皮膚が外気に撫でられ、意識が風船のように遠くへと飛ばされていく。そして、その瑞々しく甘い空気を吸い込むと、意識が飛んで行った先がすべて自分のものになったように感じて満たされるのだった。
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